恋しぐれ | ナノ




今日は開催100回目となる獄卒大運動会の日だ。会場には開催を祝福するように乾いた破裂音が響き渡り、色とりどりの万国旗が風にはためいている。


「なまえちゃーん」
「白澤様」
「もしかしてなまえちゃんも出場するの?」
「いえ、今年は見学のみですよ」
「なぁんだ、でも怪我とかするかも知れないからそうした方がいいよ」


人ごみの中から目ざとくなまえを見つけ、嬉しそうにこちらへ駆け寄るのは白澤だ。獄卒たちの運動会とは言いつつも、彼は救護係として毎年駆り出されている。

糸のように目を細め、にっこり笑った白澤は手慣れた仕草でなまえの肩を抱き寄せて彼女の百日紅の幹を思わせるすべらかな手の甲を撫でた。
困ったように笑って彼をあしらっていると、何やら殺気を織り交ぜたような鋭い視線を感じてそちらを見やる。


「あっ鬼灯さん」
「お前かよ、今なまえちゃんと話してんだから邪魔するな」
「もう開会式の時間なので、私はなまえを呼びに来たんですよ」
「す、すみませんすぐ行きます」


物騒な眼差しをぶつけ合う2人に慌てて白澤の元から抜け出したなまえは鬼灯の隣に並んで彼を見上げた。
彼女と瞳をからめたあと、白澤に見せつけるように先ほどまで撫でられていた手の甲へ指先を這わす鬼灯に、なまえはかすかに頬を染めながら微笑む。


「邪魔なのはどちらでしょうね」
「あー腹立つ!!」
「白澤様もそろそろ救護席の方へ行かないと…」
「……そうだね、仕方ないなぁ。またねなまえちゃん」


ひらひらと手を振って歩き出す白澤を見送ることも許されずに、鬼灯に腕を引かれて指揮台の脇に待機する。
催しごとの前の、この胸が弾むような心中とぴりっとした緊張感が好きだ。今回は競技に参加しないけれど精一杯応援しよう、と小さく拳を握った。

式辞もそこそこに、観覧用のテントへと向かう閻魔と鬼灯に倣って腰を下ろす。

各々にぎやかにはしゃぐ獄卒たちを見て何となく不安な思いが胸をよぎるのは、今年の大会委員長が鬼灯だからだ。
何ヶ月も前から入念に計画を練っていたのを知っているから、相当力の入ったものとなっているだろう。
お祭りごとを好む鬼灯も楽しみにしていたのか、何かの設計図であろうそれに筆を入れていく後姿は何とも愉しげだった。


「第一種目、借り物競争」
「なまえ、耳を塞いでいなさい」
「え?どうして…」


ですか、と唇を動かすなまえの耳を両側から挟むようにして鬼灯の手のひらが塞ぐや否や、ドンッという凄まじい重低音が地を揺らした。
あたたかい鬼灯の手がぴたりと耳を覆い、重なるやわい肌からじわじわと体温が伝わる。
甘く跳ねる心臓を余所に競技の始まりを告げた彼へそろりと視線を移すと、その手にあったのは頑強な黒々としたそれ。

ピストルによる温いスタート合図は見直され、バズーカが採用されたようだ。
容赦のない始まり方に不安しか感じない。


「だ、大丈夫なんですか…?腰が抜けている人いますよ?」
「獄卒なんですからこのくらい耐えて当然です」
「厳しいなこの大会!?君に任せて大丈夫かな!?」
「この機会にヌルい奴は叩き直します」


そうこうしているうちにお題の書かれた紙まで到達した獄卒たちはその表面を目にした途端、血の気を引かせたり顔を赤らめたりと表情を変えていく。

何が書かれていたのだろう。今年は精神的負担を伴うようにしたと聞いているから心配だ。
応援席のお香を見て一層頬を染めた唐瓜のそれに記されている内容は予想をつけなくとも容易く想像できるけれど。


「言っちゃいなさいよ唐瓜さん、そして玉砕すればいい」
「ヒイイイ鬼の中の鬼!!」
「唐瓜さん、それ褒め言葉です」


なまえにも出てもらいたかったのですが…と隣から聞こえてきたひどく落胆したような囁きは耳に入れなかったことにする。
なまえも何度かこの大会に出場したことはあるが、どれも通常通りの運動会だったので鬼灯が委員長でなくてよかった、とほっと胸を撫で下ろした。


「おっとそうこうしている間に茄子さんがゴールしました」


お題は誰かの鬘。
剥ぎ取ってきたであろう人工の毛髪を意気揚々と掲げる茄子にはさすがとしか言いようがない。見事1位となった茄子と泣く泣くお題をこなして来た獄卒たちを迎えて次の種目へと移った。


「もふもふ動物大集合!ワンワンパニック!」
「動物の獄卒さんたちの競技もあるんですね」
「毎年応援だけだったもんね」


動物好きな鬼灯ならではの考えだなあ、と感心していると、不喜処の犬獄卒、夜叉一の相手はなんと冥界の王ハデスの番犬であるケルベロスだった。
みっつに分かれた頭もさる事ながらその獰猛な牙や迫力は遠くから見ていても竦むものがある。

ああでも他の動物と変わらずもふっとしたその毛並みには触ってみたいなぁなどと呑気に考えていれば、夜叉一は家族のためにと潔く棄権してしまった。

面白くなさそうにち、と舌を打った鬼灯をいさめていると、ひとつ息をついた後口を開く。


「では予定を変更して……ケルベロスさん何か面白い小話でもどうぞ」
「む、無茶ぶりですよ鬼灯さん!」
「スベるの必至じゃない!」
「だってつまらないじゃないですか、ここはひとつケルベロスさんの手腕を…」
「面白話の手腕測ってどうするんです!」


この大運動会に怪我は付き物だけれど、心の傷も負うことになるとは皆思いもしなかっただろう。
既に満身創痍の獄卒たちを見て明日の仕事に響かなければいいけれど、と見ているこちらがはらはらとしてしまう。

他にも猿たちの組み体操、鳥たちの応援歌、エクソシスト徒競走やスカラベがつくった玉による玉入れなど様々な種目が繰り広げられる。


そして最終種目、大玉転がし。いつの間に用意されたのか、聳え立つ大掛かりなからくりを前に口元が引きつった。
鬼灯が寝る間も惜しんで作成していたあの設計図はこれだったんだと苦く笑う。


大玉を転がすというか大玉に転がされるというか、緻密に設計された仕掛けを次々に越えていく鉄球。
皆それを止めることは出来ずに手をこまねいているのを気をもみながら見ていると、その先に待ち構えていたのは十字に縛られた獄卒の姿。
それを視界に捉えた途端、さあっと顔を青褪めさせたなまえは鬼灯の着物を掴みながら懸命に訴える。


「ほ、鬼灯さん危ないですよ!」
「…仕方ないですねぇ……なまえ」
「え?」


何故かそのたくましい片腕にひょい、となまえを抱いて鬼灯は力強く地面を蹴った。
その浮遊感に慌てて彼にしがみつくと、鬼灯は音や振動をなまえにほとんど伝えることなく静かに獄卒の前に降り立った。と同時にガキン、と響いた音はまるで野球試合でホームランを打ち震わせたようだ。
金棒に跳ね返されてボールのごとく飛んでいく鉄球は閻魔に吸い込まれるようにして綺麗に打ち当たる。


「え、閻魔大王!」
「放っておきなさい、これで少しはまともに働くようになるでしょう。…ああそれと、明日の本番では一切助けませんからね」


感謝の涙を浮かべる獄卒たちにさらりとそう告げる鬼灯はまさに鬼。
これも褒め言葉にしかならないんだろうなぁと思いながら、なまえは鬼灯の腕の中で深くため息をついたのだった。



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