今なまえは閻魔の脇に控えて裁判の補佐をしていた。対象となる亡者の情報、罪状、裁判の経過…その他諸々を書き記し、記録する。 本人の公言と事実が一致するかどうかの確認もしながら衆合地獄が妥当かなあ、と予測をつける。 「ワシが貴殿に下す判決は……衆合地獄!」 びしっと尺を突きつけられた亡者は絶望に打ちひしがれて泣き喚きながら獄卒たちに引きずられていった。 あまりの剣幕に心が痛むけれど、其れ相応のことをしてきたのだから自業自得だと自分に言い聞かせる。 そんな中、その亡者とすれ違うようにして裁判所へ入ってきた鬼灯に閻魔が声をかけた。 「おお鬼灯君、君となまえちゃんからのオーストラリア土産ちゃんと飾ったよ」 「ああ、魔除けだそうです。綺麗でしょう」 「うん、ワシ魔除ける必要ないけどね」 「私もそう思ったんですけど…閻魔大王にぴったりだからって鬼灯さんが」 「ああ…そうだろうと思ったよ…」 柱にかけられた仮面のようなそれは、先日鬼灯と初めての海外旅行に行った際に買ったお土産だ。 魔除けの効果がある物を土産にしたのも閻魔への皮肉も込めてのことだろう。本当に人をいじめるのが好きだな、と鬼灯をちらりと見やるとちょうど目があって小首を傾げられた。 それに愛想笑いを返していると、鬼灯の影からひょこりと顔をのぞかせたのは茄子だ。 茄子とは、彼の研修の担当だったこともあり親しくなった。その人懐こさと自由気ままな彼の性質はなまえも好ましく思っている。 「なまえさん!こんにちは!」 「こんにちは」 「コラお前、なまえ様だろ!」 「いいんですよ、私も第二補佐官としては新卒みたいなものですから」 焦った様子で茄子の頭を叩く唐瓜は面倒見が良いのだろう、いつも彼の世話を焼いているのを知っている。 腰を屈めてにこ、と笑いかけるとなぜかきらきらと目を輝かせた茄子にまぶたをまたたかせた。 「なまえさんの下着のメーカーってどこですか?」 「え?」 「おいお前何言ってんだよ!!」 「えっと、わ」 「答えなくていいです馬鹿なまえ」 ぺしり、と鬼灯に柔らかく頭をはたかれてはっと我に返る。ものすごく自然かつ無邪気に訊ねられたので正直に答えてしまうところだった。隣で茄子も唐瓜から鉄拳を食らっているのを横目に顔を背けた。 危うく醜態を晒す事態になるのをどうにか逃れたなまえは、両手で唇を押さえながら羞恥に頬をほのかに赤らめる。 そんな彼女を不機嫌そうに眉を顰めつつ一瞥した鬼灯はひとつ息を吐いた。 「それにしても今日はパンツの話題ばかりです」 「パンツ?ズボンって意味でのパンツ?」 「何若者言葉にアンテナ立ててんですか。話の流れでわかるでしょう、文字通りパンツですよフンドシかわりの」 「どうして下着の話なんか…?」 未だ全身から熱の抜けないままそうぼやけば、茄子が鬼の童謡といえばこれ、と誰もが思うだろう童歌を口ずさんだ。身体をゆらゆらと左右に揺らしながら楽しそうに歌う茄子を微笑ましく思いながら眺める。 世の中に違和感なく浸透しているこの歌だが、起源は何だろう、と不意に疑問が浮かぶ。 下着の販促ソングだろうか、と首を傾げるなまえの心の内を代弁するように閻魔が呟いた。 「その歌ってなんか鬼のパンツの販促ソングみたいだよね」 「私も思ってました!頭に残る曲調ですよね」 「お前らもか」 呆れたように眉を寄せる鬼灯を見上げて何かまずいことを言っただろうかと慌てて口をつぐむ。 そんな彼女を見下ろしながら、鬼灯はゆるく吐息した。 なまえは元から抜けているところもあったが、補佐官の任に就いてからは閻魔の傍に居ることが多い。それも理由のひとつとして、閻魔ののんびりとした気質がうつって来たと思うのだが。 これではますます目が離せなくなる、と考えながらそれも苦ではないと感じてしまって、自分自身に呆れた。 「うーん…でも俺その虎パン一丁っていいと思うんだよな……」 「えー何で、ダッセーじゃんアレ」 「だって考えてもみろよ、男子がパン一ということはさぁ……女子の格好はこうなる!」 ゆるい垂れ目にキッと力を入れて拳を握る茄子の脳内に、虎柄ビキニのお姉さんが描かれる。彼と以心伝心したかのようにはっとして頭上を仰ぐ男たちを疑問符を浮かべながら見つめるなまえ。 そんな彼女を何気なく振り返った鬼灯はさらりと一言口にした。 「今度買いに行きましょう」 「はい!?な、何をですか」 「何って…虎柄の下着ですけど」 「つ、着けませんからね絶対!」 「……」 「そんなあからさまにがっかりした顔しないでくださいっ」 なだらかに眉を下げてどこか恨めしげになまえを見つめる鬼灯。 普段仏頂面なのに、こういう時だけ表情を出すのだから困ったものである。いくらねだられても絶対着ない、と心に誓うなまえに鬼灯はチッ、と舌を打った。 「なまえなら見飽きることもないのに…」 「変な駄々こねないでくださいよ…!」 む、と唇をへの字に曲げた鬼灯は駄々っ子のようにわがままを言う。言動とは裏腹にその鋭く真剣味を帯びている瞳に気圧されながらもぶんぶんと首を横に振ると、やがて諦めたのかわざとらしく肩を落とした。 未だ心残りのにじむ眼差しをひしひしと感じていると、書類を手に裁判所へと足を踏み入れたお香に声をかけられた。 「鬼灯様、なまえちゃん」 「お香さん」 「どうしました?」 武器庫の用具数が記録と違う、という報告を受けて素早く思考を切り替えたらしい鬼灯と共に巻物をのぞきこむ。 確かその報告書は茄子に任せたものの筈だけれど、間違えてしまったのだろうか。 「茄子くんが書いたものですよね?」 「すみませんコイツが!」 「えっ俺また何かしちゃった?」 惚ける茄子と勢いよく頭を下げさせる唐瓜にお香は直し頑張って、と優しく告げて去っていく。寛大な対応にさすがだな、と彼女のしなやかな背へ尊敬の眼差しを向けていると、どうやら唐瓜は茄子の残業を手伝う約束をしたらしい。 面倒見が良くしっかりしており頼れる唐瓜と、その変わった性質故に常人とは違う視点から物事を捉えられる茄子。 彼らはきっと良い獄卒になる、となまえは微笑みながら2人を見守った。 そんな出来事があった明くる日、なまえの自室にいつの間にか置かれていた華やかな包みの中に虎柄の下着が入っていたことは、彼女と彼だけが知る秘め事である。 |