「あっ、なまえちゃんなまえちゃん!」 「白澤様に閻魔大王、桃太郎さんも…こんにちは」 「またこんな所で油売って…」 鬼灯とふたり、取り留めもない会話を交わしながら歩いていたところを聞き慣れた明るい声に呼び止められる。 通りの隅に拵えられた屋台から漂う湯気をたどりそちらを向けば、白澤に閻魔大王、桃太郎の3人が仲良く並んで座っていた。 「なまえちゃんも食べない?ほらここおいで」 「え、えっと」 「堂々と人の嫁ナンパしないでくれますか」 ぽんぽん、と自身の膝を叩く白澤はそこに座れと言っているようだ。 当たり前のように誘われて困ったように笑うと、ぐっと眉をひそめた鬼灯がなまえを庇うように前に出る。牽制するかのように眉間に深いしわを刻む鬼灯と白澤との間に火花が散った。 往来の真中でも仕掛けられる諍いに、彼女は慌てて彼らの気を逸らそうと口を開く。 「め、珍しい組み合わせですね!何のお話をされてたんですか?」 「2人はあの世の中でも長寿だって話してたんです」 「ああ……そうですね」 あの世でも殊更長寿な白澤と閻魔は話の馬も合うらしく、お喋りに花を咲かせていたようだ。外見は閻魔の方が年を食っているように見えるが、実のところ年長者なのは白澤の方だ。 彼は幾星霜を経て長い間この世界を見てきたようで、途方もない時間を想像して気が遠くなる。 「昔ってあの世もこの世もあんまり境がなくて自由な時代でしたよね」 「あ…うんそうだねぇ」 「でも僕は今の方が好きだなぁー、人が多くて文化があって」 「無駄に長寿ですよね」 此処に長く身を置いているからこその深い思い出を振り返るような言い草に、鬼灯の礼を欠いた科白が飛ぶ。 彼の腕をこら、と柔らかく小突けばふいと目を逸らされ、呆れ交じりに苦笑する。 「君さぁ…この中じゃかなり年下の方じゃないか、少しは目上の者を敬ってよ」 「ひよっ子〜」 「黙れジジイ共」 「私なんか赤子みたいなものですよね……」 いつも鬼灯にやり込められている閻魔がそうこぼせば、白澤も一緒になって煽り始める。けれどその理論で考えるとなまえなどまだまだ赤子の域を出ないのでは、と首を傾げた。 そんな彼女を他所にどこか張り合うように眉を寄せた鬼灯はなまえと桃太郎を交互に見やりながら自身を指差す。 「私だって鬼の中ではかなり古株の方なんです、誤解しないでくださいね」 「年代が凄すぎてどうでもよくなったっス」 「確かに…目が回りそうですね」 鬼灯ですら幾千年も前から存在するのだ、精々何百年というなまえは膨大な時間の差を感じてくらりと目を回した。白亜紀だとか日本人類初だとか言われてもあまり実感が湧かないな、と小首を傾げる。 共に冷や汗をにじませていた桃太郎が、ふと思いついたように口にした科白になまえはぴくりと肩を跳ねさせた。 「そういや前から気になってたんですけど…恐竜とかって今どこにいるんですか」 「!」 「地獄で働いてもらっていますよ」 やはり恐竜はいくつになっても少年心をくすぐられる存在らしい。 興奮したように恐竜が在籍する閻婆は度処の見学を取り付けた桃太郎を見やりながら、胸の奥にある好奇心がうずくのを感じたなまえはくい、と鬼灯の袖を引く。 期待と好奇心に色づききらきらと閃く瞳に見上げられ、鬼灯は内心ため息をついた。 「私も見に行きたいです!」 「…言うと思いましたよ…」 「でもなまえさんは獄卒だし許可なんかいらないんじゃ…」 「いや、なまえの場合心配なんですよ。童心を忘れないのはいいことですが怪我でもされたら堪ったものではありませんから」 なまえの身を案じる鬼灯に止められて、閻婆は度処には数えるほどしか訪れていないのだ。 しかもそのどれもが鬼灯の厳重な監視の元だったため碌にその姿も見ることが出来なかった。 また止められてしまうのだろうか、としゅんと眉尻を下げるなまえが寂しさに塗れた虹彩で鬼灯を見つめると、ちらりと彼女を見下ろした鬼灯は暫く逡巡したのち吐息する。 「絶対に私から離れないでくださいね」 「はい!」 「恐竜を目にしても走り出したりしないでくださいよ」 「もちろんです!」 桃太郎は他にも事細かに約束ごとを決めていく2人を遠巻きに眺めながらも、過保護に加え彼女を大切に想う鬼灯の心が手に取るようにわかりしみじみと感じ入っていた。 睦まじい彼らを見守っていると胸に灯るぬくもりに思わず頬がゆるんでしまう。 淡く笑む唇もそのままに、肩を並べ桃太郎を待つ2人の元へと歩み寄ったのだった。 そうして無事に閻婆は度処にたどり着いた3人は刑場の様子が見渡せる展望室から周囲の光景を眺めていた。 大きな翼を広げて目の前を飛び退る閻婆に混ざり、その鋭い嘴に亡者を挟んで飛ぶのはプテラノドンだ。 木々が鬱蒼と生い茂り、遠くには今にも火を吹きそうな活火山。恐竜時代を彷彿とさせる、地獄とは思えない光景にわくわくと胸を弾ませながら身を乗り出すなまえの腰に腕を回しながら、鬼灯は桃太郎へ解説を進めていく。 「こちらは龍旋処、暴れる龍にボコられる地獄ですが……」 「ティラノサウルスもいるんですね……」 「獄卒の間でUSJの呼ばれています」 「イヤなアトラクションだな」 龍旋処に勤める獄卒たちからその噂は聞いていた。 龍だけでも好奇心に胸が高鳴るというのに、土蜘蛛や轟々と辺りを燃やし尽くす奇術のような炎に人喰い鮫を見せられれば気分もすっかり高揚してしまうものだ。 一層表情を明るくして下をのぞきこむなまえは少女のような純真さを感じさせる。 「こら、身を乗り出さない」 「あ、すみません…」 腰を抱く腕に力を込められて引き寄せられるなまえは普段ならば頬を染めて鬼灯を見上げるところなのだが、夢にまで見た恐竜に気を取られているらしく、それらから目を離すことはなかった。 鬼灯は彼女の様子に若干腑に落ちない思いを抱えながらも、純粋な憧れのままに行動するなまえに水をさす気にもなれない。 無垢に瞳を輝かせる彼女を慈しみを織り交ぜた想いを寄せつつ、刑場内に目を配る。 「これ降りたりは……」 「それはダメです、獄卒以外立ち入り禁止です。上空からの観覧も獄卒以外は許可が必要…」 そんな他愛のない会話を予兆とするように、ふわふわと眼前を通り過ぎるのは神獣へと姿を変えた白澤。 閻魔をその背に乗せ、彼は龍旋処の上空を覚束ない仕草で飛んでいるのだった。 どうやらすっかり出来上がっているらしく、ほんのりと顔を上気させ、アルコールのにおいを撒き散らしながら空中散歩を楽しむ彼らになまえは声をあげる。 「は、白澤様!?大王まで!」 「何してんだあの人達!泥酔してる!?」 「………いいなあ…」 「なまえさんまで何言ってるんスか!?」 ほう、と想いのこもった息をつきながら2人を見上げるなまえは羨ましげに目を細めている。いつもの彼女なら真っ先に彼らを心配するところなのだが、そこまで思考が巡らないほど恐竜という童心をくすぐる古代生物に入れ込んでいるらしい。 桃太郎は早まりそうな彼女を止めつつ、じっと空を見つめて微動だにしない鬼灯に視線を戻した。 「…地獄では所持を特に制限していないんですよ」 「え?何が……」 「ライフル」 「白澤様ーッ本当に伝説の神獣になっちゃいますよ!!なまえさんも鬼灯さん止めてください!!!」 鬼灯の澱んだ瞳に剣呑とした色を見て取った桃太郎はのんきに散歩を楽しむ白澤に向かって声を張り上げる。常に鬼灯のストッパー役であるなまえはどうにも反応が鈍く、未だに羨望の眼差しを2人に投げていた。 結局嫁に妨げられることなく武器庫からライフルを持ち出すことに成功した鬼灯が彼らを捉えるより早く、空飛ぶ神獣と地獄を統べる大王を襲ったのは炎の息吹だった。 ごおっ、と彼らを焼きつくすそれは恐竜のものではない。 「畜生!撃ち落とす前に…」 「今の…恐竜じゃなくてゴジ…」 「彼もいるんですか鬼灯さん!」 「…ええ、なまえ好きでしたっけ」 「はい、DVD全巻持ってます!」 明るくそう告げたなまえから与えられたのはこぼれ落ちる日向のような笑み。いつもの温和なあの微笑みも気に入っているが、さやかにほころぶその表情も好ましいものだ。 白澤たちを自らの手で制裁することは叶わなかったが、なまえの笑顔を見られたから良しとしよう、と鬼灯は1人頷いたのだった。 |