裁判所の前を通りかかると、鬼灯とシロたち三人組が浄玻璃鏡の前で何やら話し込んでいた。大方鏡の説明でもしているのだろう、もふっとしたけものたちに囲まれる鬼灯を微笑ましく思いながら眺めていると、ふとこちらを見やった鬼灯がお気に入りのおもちゃでも見つけたように目を細めた。 「おや、覗きですか?」 「ち、違いますよ!浄玻璃鏡で何をしているんですか?」 彼らの目の前できらりと光を弾く大きな鏡は、電源コードを繋げるだけで過去や現在の様子が映し出される便利な不思議道具だ。 情報量が膨大すぎるので必要な場面に飛ばすことがなかなか難しいのが欠点だが。 「なまえさん!なまえさんもこれ使ったことある?」 「ありますよ、判決の際にとても便利で重宝しています。少し操作性に難ありですが」 「なまえはこれを動かすの苦手なんですよ」 「電化製品は色々と難しいです…」 言いながらきゅっと眉を寄せ、煌めく光の粒に縁取られたそれに目をやる。 時代が移り変わり、便利性が追求されるようになって。それに伴い開発されたパソコンや、それこそDVDプレイヤーなどどう扱っていいのかわからない。 機械音痴ななまえが触って間違って壊してしまったらと考えると手を出しあぐねるというか、怖いのだ。 「慣れですよ慣れ。今度パソコンでも買いに行きましょうか」 「えっ!無理です壊してしまいます!」 さあっと青褪めるなまえの反応が面白いのか、鬼灯はそんな彼女をかすかにゆるめた瞳で眺める。相も変わらず意地悪なところは治らないのだな、となまえは唇を尖らせた。 ぱたぱたと尻尾を振って2人を見上げるシロの虹彩は好奇心をうつしだしたかのようにまたたいており、鬼灯と顔を見合わせて苦笑する。 「どこか見てみたい所はありますか」 都会が見たいと言う彼の要望に応えてリモコンを駆使する鬼灯はこれも獄卒の教育だと思っているのだろうか、やはり面倒見が良い。ひそかに彼らを思いやるところにいとしさを感じながら鬼灯たちを見守る。 地面からにょきっと生えるビルや灰色のコンクリート、排気ガスを立ち上らせながら走る自動車。 パッと映った現世の様子にシロたちは嬉々とした歓声をあげた。 「わぁ凄い!鉄のイノシシって本当にいるんだ」 「そっか、シロさんたちは見たことがないんですね」 「あの世の車は妖怪ばかりですからね」 「鬼灯様たちは本物見たことあるの?」 「ええ、2人で現世の視察に行くこともありますから」 主婦の実態を調査しようと夫婦として現世に潜り込んだこともあれば、会社員として働いたこともある。 アパートに越して来た新婚夫婦、なんて設定をつけて数日間過ごしたあの時を思うと何だか気恥ずかしい。さりげなく鬼灯から視線を外したなまえに気がついたのか、こつんと頭を小突かれてほのかに頬が熱くなった。 次々に現世の景色を映し出していると、柿助がつぶらな目をきらきらと輝かせながら訊ねる。どうやら外国が見てみたいようだ。 「あっここ知ってる、オーストラリアだ!」 「鬼灯君となまえちゃんはそこに旅行に行ったよね」 「はい、とっても楽しかったです」 なまえの言葉に鬼灯がぺらりと手帳から出したのはタスマニアデビルを見事に手懐けた時の写真だ。隣には優しく顔をほころばせたなまえも映っていた。 動物たちに触れあえただけでなく広大な自然を堪能できたあの旅行は本当に楽しかったな、と表情をやわらげていると、まだ何か挟んでいたのか、彼からはらりと落下した写真を拾い上げる。 「鬼灯さんこれ落ちましたよ……って」 「ああ、ありがとうございます」 「その写真いつの間に!?」 「バスの中で寝ていたでしょう、その間に」 「か、返してください!」 他愛のないことのようにさらっと言ってのける鬼灯の手にあるのはなまえの寝顔が収められた写真だ。あどけない表情でまどろむ彼女がよく撮れている。 ふるふると羞恥に震えながら取り返そうと手を伸ばすなまえをかわす鬼灯。彼は躍起になるなまえをひらりと避けながら、林檎のようなその頬もファインダーに収めておけばよかったなどと考えていた。 そんな夫婦のじゃれあいを他所にシロが閻魔に向き直る。 「ねぇこの鏡って閻魔様だけが持ってるの?」 「そうだよ、十王の中でワシだけが持っているのだ」 「ここに絵があります」 「…現世の地獄絵ですね、鏡と厳格な男性が描かれていたら十中八九閻魔大王です」 結局取り返せなかったのか、むくれつつも説明するなまえの頭をなだめるように撫でる鬼灯を上目に軽く睨みつける。 写真を撮ってもいいけれど、せめて目が覚めているときにしてもらいたかった。そうしたらあんなに間の抜けた顔をさらすこともなかったのに。 そう思いつつ、しかしなまえにも鬼灯のことをとやかく言えない理由があった。 「これ未来とかは見られないんですか!?」 「未来は無理です、過去なら…」 鬼灯はビデオを巻き戻すようにそれを操ると、戻しすぎてしまったのか桃がぱっくりとふたつに割れ、中から赤ん坊が生まれ出るところが投影された。 予想通り桃太郎だったらしく、機敏に反応した柿助が鬼灯の手からリモコンをぱっと奪ってしまう。 「ダメですよ素人がいじくっちゃ……」 「あれっ!?」 「あ、オーストラリアの時の」 「…こらこらよしましょう」 「いいじゃない見せてよ!」 鏡の中に姿を現したのは鬼灯で、オーストラリア旅行の際の光景が再生されていく。 随分見当違いなところに飛んだなぁ、と思いながら鏡を見つめていると、そこに流れゆくのは銀色の柵にもたれながら動物を眺める鬼灯となまえの映像。 確かこの後飼育員の方にコアラを抱かせてもらって…と考えたところではたと思い至る。 確かあの時、鬼灯の腕の中で眠ってしまったコアラに彼は珍しく頬を緩めたのだ。 気が抜けたようにふわっと唇をゆるめた鬼灯。やんわりとした微笑だったけれど、あの表情はきっと一生忘れられないだろう。 その瞬間を写真に撮られた鬼灯を最後にぶつりと電源が落とされる。 「……………貴方達もモフモフしてさしあげましょうか」 目元に影を深く落としながらじりじり、とシロたちに迫る鬼灯を横目に、なまえは懐から取り出した手記をゆっくりと開く。 中にはあの、見ているだけで心がやわらかくほぐれてしまうような淡い微笑みを浮かべた鬼灯が切り抜かれていた。 焼き増ししてもらったそれに向かってなまえはふわりとした笑顔を咲かせる。なまえを隠し撮りした鬼灯をあまり責められない理由はここにあったのだ。 これはずっと大切にしまっておこう、と心に決めて、鬼灯に見つからない内にそっと表紙を閉じたのだった。 ちなみに、滅多に笑みを見せない鬼灯も注意深く観察しているとふとした時にかすかな笑みを唇に乗せることがある。 その大半がなまえの傍に居る時間の中で垣間見えるものだ。例えばなまえが笑みをこぼした時。彼女が幸せそうにとろりと瞳を細めると、ほんのひと瞬きの間つられたように唇の結び目をほどいていたりする。 なまえが鬼灯から目を外している時が大概なので彼女は気づいていないだろう。もしかしたら鬼灯自身も無意識なのかも知れない。 その一瞬を知るのは2人と共に過ごす時が多い閻魔だけだということは、彼の胸のうちにひっそりとしまい込まれた秘密のひとつだ。 |