恋の始まり
きっと始めて言葉を交わした時からだ。おれは会長が苦手である。
「書記、ちょっと来い」
幼い頃から話す事が苦手で思うように言葉が出てこなかった。そんなおれと行動力のある俺様気質な会長とでは元々合わないのだと思う。別に嫌いという事ではない。カリスマ性を持ち合わせた会長には憧れるし格好良い人だとも思う。
「……何」
会長の目を見ずに短い言葉を発する。どうしても毎回素っ気ない態度を取ってしまうおれは子供なのだろうな。
「……これ、やっておけ」
数枚の書類を渡すと会長は音を立てて立ち上がり歩き出す。多分おれの態度に苛ついたのだ。いつもこうである。どうにかしなくてはと思いはするがどうにも出来ず、おれはいつでも会長に対して素っ気なくて嫌な奴だ。
「なあ」
ドアの前で立ち止まる会長。こんな事は初めてだったので驚きで身体がびくついてしまった。格好悪い。
「俺さあ、お前に何かしたかよ?」
思わず会長に目を向ける。声が震えていた。あの会長の声が。
「俺が、何かしたかって聞いてるんだ、言えよッ!」
語気を荒くし捲し立てる。肩が震えていた。拳は強く握られており、手が白くなっている。泣いているのだろうか、泣かせてしまったのだろうかとふと思った。
「か、かいちょ」
「答えろ!」
足音を立てないように気を配り会長に近付く。啜り泣くような音が耳を通過し、罪悪感が身を蝕んだ。
何故、おれはこの人を苦手だと感じていたのだろう。馬鹿だ、と自らを叱咤した。
「嫌いとかじゃ、ない。……かいちょ、凄い。尊敬……してる」
声の近さに驚いたのだろう。会長は勢いよく振り向いた。するとやはりその頬は涙で濡れており、目は赤くなっていて。自分のせいでこうなったと思うと眉間に皺が寄る。おれは本当に馬鹿だ。でも、何故だろうか。何だか征服欲のようなものが込み上げてきて。
「それは本当か?!……ん、書記?」
思わず会長の頬に滑る涙を拭いていた。そうして触れて理解する。おれは別にこの人に苦手意識を抱いてはいなかったのだと。
「ごめん、なさい。……おれ、会長に……酷い態度、取って」
今からでも遅くはないだろうか。酷い態度を取っていた。目を合わせる事は少なかったし、目が合った時は睨んでいただろう。おれは会長にとって気に食わない嫌なやつだ。
「別にいい。嫌われてないって知れたし、な」
いや、今からでも遅くはないだろう。指に付いた会長の涙を舐めそんな事を考えた。
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