恋情に涙



先日友人が僕の中から消えた。死んだのではない。蒸発したのでもない。ただ、消えたのだ。僕の内側から。

 彼は僕にとって良き理解者であり絶対的な存在であった。

 彼の言う事に逆らう事が出来ず、不都合な用件を出されないようにと奮闘したものだ。だがそれも、もう必要ない。必要ないのだ。

 何故なら、僕の全ては既に彼のものと成り下がってしまったから。自ら望んでこうなったのではない。でも、足掻く事すら出来なかったのは事実で、もはや彼には合意の上の関係だと思われている事だろう。いや、もしかしたら僕の事を伴侶などと思い違いしているかも知れない。

「どうした、こんな所に居ると風邪を引くよ?」

 声と共に風が吹き、ついでに雪もやってきて身が凍えた。流石に冬にベランダは身体に毒である。

 彼と眼が合った。その瞳は欲で濡れている。それに慣れつつある事に僕は嫌悪を抱いた。

 僕は男で、彼も男だ。なのに彼は僕を求める。身体だけでは物足りずに心まで欲してくるのだからたちが悪い。もういっその事、逃げ出してしまいたいと考えてしまうが、そんな事出来るはずもなく。僕には、彼を笑みを湛えて受け入れるしか道はないのだ。

「ああ、すまない。少し風邪に当たりたい気分になったんだ」

 最近の僕は以前では考えられないくらい涙腺が緩くなってしまった。ふとした時、泣く要素がないとしても溢れ出てしまう。それは彼が側に居る時に起こる現象であった。

「……また、泣くのかい?」

 気付けば頬を滑っていく温かなものが彼の指によって拭われていて、何とも言えない気分に陥る。

 そっとその手を振り払い、空を見上げる。地から飛び立っていく雪たちが眩しくて眼を細めた。

「ごめん」

 そう零した言葉を彼は気に入らなかったらしい。彼の指が僕の肩に強く食い込み、首筋に勢いよく噛み付いてきた。いつもは聡明な青年なのに、こういう時彼はとても野性的であった。優しげな眼はぎらついたものへと豹変し、言葉遣いも少々汚いものになる。

 痛みに目元が引きつり、それでも笑みを貼り付ける。これが彼の嗜虐心を煽っている事は知っているが、どうにも出来ない。これは僕の悪癖で、直す事はもはや出来ないのだから。

「部屋へ入れ。今日は解さずに挿入れてやろう」

 雫が止め処なく溢れ出る。拭っても後から後から洪水のように押し寄せてくるのだ。

 どうにかしようと少し上を向けば彼とまた眼が合った。痛いのは嫌だ。だから僕は1番の笑みを浮かべて縋るのである。彼の腕に己の腕を絡ませ、精一杯の色気を押し付けた。

「好きにして、いいよ。だから……」

 そういえば彼は消していた表情を蘇らせ、優しく言うのだ。

「すまない、少し熱くなってしまったようだ。……大丈夫、優しくするよ。だって私は君を、愛しているのだから」

 彼は愛していると何度も言う。その重い言葉は僕を捕らえて離さない。なんて恐ろしい言葉だろう。

「……部屋へ入るよ。寒くなってきた」

 身を震わせれば彼が上着を掛けてくれた。その優しさに以前の彼を重ねるが、もう以前の彼など居ない。彼は消えたのだ。消えてしまったのだ。

「またかい。また、泣くのか」

 きっとこの涙は彼を思い出している時に流れるものなのだろう。もしかしから僕は以前の彼に恋情を抱いていたのかもしれない。いや、そうだ。気付かぬうちに男である彼を僕は邪な眼で見ていた。

 でもそれは決して今の彼ではない。僕が求めているのは彼ではないのだ。



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