絶えぬ笑み
血も涙もない奴だと何度言われたか。大抵そう言う事を言ってくる奴はあまり接点のない人物で、毎度何故そんな事分かるのだと不思議に思う。何を見て、何を聞いて僕を人情味がないと、冷酷だと言えるのだ。君らは僕の事は知らないはずだ。だって僕は君らの事、何一つ知らないのだから。
せめて僕の事を知ってから言ってほしいものだ。だってそうだろう。理解者が言えば納得するしか選択肢はなくなる。言いたい事があるのなら、僕の理解者になってくれ。
「君は血も涙もない人間だけれど、麗しげな笑みを浮かべるよね」
僕の唯一の理解者が手を差し伸べてきた。彼は今まで出会った人達の中で、1番聡明で醜悪な心を持った人間だと思う。その瞳は怪しげで厭らしい。
「僕は笑っていないと人により一層悪く言われるからね。だからこれはただ貼り付けただけにすぎないものだ。とても麗しげとは言えない代物だよ」
彼はたまに可笑しな事を言い出す。でもそのどれもが彼の本音で、毎度真剣な眼差しで言葉を投げかけてくるものだから、余計可笑しく感じてしまう。
「いや、そんな事ないよ。例えその笑みが偽物だとしても、美しい事には変わりない」 血も涙もない奴だとよく言われるが、この笑みだけは高い頻度で褒められた。どこが良いのか全く理解し得ないけれど褒められて悪い気はせず、いつも褒め言葉を流して笑んでいたものだ。
「美しいって、お前その言葉を贈る相手、間違っていないかい?」
苦笑を零し、訊いてみる。
「理解しているよ。私を何だと思っているんだ。……私は君を可愛らしいと思っている。同時に愛しいとも思っているんだよ」
まるで伴侶に向けるような顔を僕に突き付けている。頬を撫でてくるその掌は少し湿っていて、まるで欲が孕んでいるかのようだ。いや、実際そうなのだろう。実際彼の股間はいつの間にか不自然に膨れている。
「待て、お前何を考えている」
こんな時でも僕は頻りに笑みを湛えている。ある意味これは僕の悪癖だろう。どんな事があってもこの笑みを崩す事は出来ないのだ。無意識に悪口を言われないようにと身体が勝手に行動するのである。
「今更だろう。君は気付いているはずさ。……なあ、君の身体を私に預けてみる気にはならないかい?」
その言葉は選択権があるようで、実際は選択肢など提示していなかった。
「……やめてくれ。僕ら、友達だろう?」
肩に彼の指が食い込む。痛みがあっても笑みは止まず、それに加え振り払いたいのにも関わらず身体が動かない。
「私は、そんな事思った事などない。いつだって君の身体を、心を欲していた……ただの男だよ」
その言葉を聞いたその瞬間、世界に音という音が消えた。そうして頬に何かが滑る感触がし、彼がそれに触れているのが眼に入った。
「……貴男は、僕に肉欲を抱いていたのか」
頬を滑ったのは涙。いつ振りだ、こんなものを零したのは。
「いや、私は君を愛しているだけだよ」
嗚呼、こんな時に僕は何故、頻りに笑みを湛えているのだ。
[ 1/7 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
戻る