+誰か僕を助けて下さい。
寒々しい空に見惚れるような雲。美しい。夜なのに雲がこんなに綺麗だなんて神秘的に思えてくる。
こんなに素晴らしい景色を見ているのに気分は晴れず、逆に沈んでいる。今日も来るのだろうか。来なければいいのに。いっそ、死んでしまえば。
「まだ勉強しているの?」
キィ、と音を立て扉が開かれる。
「……か、母さん」
途端、身体に震えが生じ、手元が狂う。シャープペンを落としそうになるのを必死に食い止めた。
恐る恐る振り返ってみると思っていたよりも近くに母が居て、思わず涙が流れそうになる。駄目だ、そんな事をしてはいけない。ここは丁寧に接さなければまた後悔する。
「ねえ、もう良いんじゃないの?」
時刻は既に午前1時を廻っている。十分だろう。だが、勉強をやめたくない。やめてしまえばそこには恐怖が居るのだ。
僕は母に性行為を強要されている。いつからだったろう。確か2年程前からだ。父は居ない。母と身体を重ねている所を見られ、家を出て行ってしまった。2人は離婚してしまったのである。僕のせいだ。僕の、せい。
それから母は以前よりも僕を欲するようになり、今では毎日のように部屋に来る。寝ている間に跨られていた事もあった。
「い、いや、あの……もう少し」
眼を合わせられない。怖い。恐ろしい。何故父は僕を助けてくれなかったのだろう。何でですか。
「……私の言う事、聞けないの?」
悪寒が背を這い回っていく感覚に陥った。いけない。これは、危ない。
母が僕の肩に触れ、ゆっくりと背を撫でていく。触れるか触れないかの間隔で、非常に気色悪い。それは僕の腰へと回り、股座へ。
「か、母さん……ッ」
はね除けたいけれど、それは叶わなくて。僕の意志など全て無視される。何を言っても、意味を成さないのだ。僕はただの人形。否、人形以下だ。
「今日も貴方は素敵ね……」
母は僕の名前を呼ばない。貴方、と呼ぶ。嫌でも分かる。これは父を呼ぶ時のもので、この人は父より僕の身体を欲した下女のくせに、今でも父の事を愛しているのだ。
「今日も、良いでしょう?」
今日も僕は母と身体を重ねる。
音が出ぬよう心懸け部屋を出た。母は僕のベッドで寝息を立てている。寝付いたばかりだ。起きたりはしないだろう。
キッチンに足を運ぶ。キッチンには大きな窓があり、そこから月の光が差し込んでいた。勉強していた時と変わらぬ雲。魅入る。魅了される。なんて美しい雲だろう。
こんな日に死ねたら、幸せだろうな。
出刃包丁が眼に入る。一般家庭にはあまりない大きさのものだ。母は料理が好きで、様々な包丁がここには収納されているのである。出刃包丁だけで無駄に4本あったはずだ。
「……重い」
手に持ち、振りかぶる。手をまな板に置いて目を見開いた。
「ぐぁ……ッ!」
潰れた蛙のような声が聞こえた。もう一度振りかぶり、叩き付ける。何度も何度も続けてみると、気付けば目の前には形を成していない肉片があって。
嗚呼、これは僕か。
「ははっ……ざまあみろ」
僕は誰に声を掛けたのだろう。
[ 4/10 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
戻る