小さな少女
それはとても可哀想な出来事である。小さな少女が誰にも関わる事なく死んでいくのだ。彼女は独りで死んでいくのである。
でも、実は彼女は独りではない。彼女は独りだと思っているだろうが、僕は彼女を知っているから。
きっと今日も小さな少女はあの場所に居る。庭の1番端、何に使われるか分からぬ煉瓦が積み重なったあそこに、君は確実にそこに居るだろう。いつも通りあの場所で聴いた事のない旋律を奏でているのだ。
日に日に弱っていく君を見てきた。原因は何だろう。きっと何かの病気だ。
「……そろそろ、時間かな」
君は夕日に照らされ宝石を落とす。それはとても綺麗なものだった。きっと今まで見てきた何物にも勝るだろう。それを見るのが僕は好きだったが、眼にすると心苦しくなった。綺麗で、悲しいもの。
「また泣いてるのかな」
靴を履き、扉を開く。庭に居るからと気を許す事はしない。しっかりと戸締まりをする。
「……今日は、拭ってやるんだ」
小さな少女は何もかもが美しかった。僕はあの子の笑顔が見たい。泣きながら歌っている所ではなく、話ながら笑んでいる所を。
今日は良く晴れている。夕日が眩しい。
「……あ」
風に乗って聴き慣れた旋律が流れてきた。それはとてもか細い音で、かなり集中していないと聴き取れないだろう。だが、幸い僕は人より耳が良く、考え事をしていたとしてもそれを聴き取る事が出来た。
「やっぱり、綺麗」
音を立てぬよう近付く。彼女は煉瓦の積み重なった1番上に座っていた。小さな少女は昨日より細く、弱々しく見える。だが、それとは逆に力強い声で歌を歌っている。
すると、突然音が途絶えた。小さな少女はきっと泣いているのだろう。大粒の雫を地に落とし、声を殺して涙しているのだ。
音を立てずに深呼吸をする。きっと彼女に残された時間は残り僅か。僕はその時の中で彼女に何をしてやれるだろう。
「……ねえ、君」
勇気を出して声を出す。見ているだけだなんて、もう嫌だから。
「僕と友達にならないか?」
小さな彼女は驚いて涙が止まっている。何だ、僕にも出来る事、あるじゃないか。
「君の涙を、拭いたいんだ」
そっと指を差し出す。小さな彼女は恐る恐る身を乗り出して、擦り寄ってきた。それに優しく、優しく応える。
「……ありがとう、受け入れてくれて」
そうして、ゆっくりと君の涙を拭って。
「やっと笑ってくれた」
静かに微笑んだ。
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