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例えば、雨の日に外に出かけたとして。帰りがけにふと、公園の隅を見ると一つのダンボール。弱々しい鳴き声が聞こえてそこを覗いてみると、寒さにふるふると震える子犬が一匹。
育成ゲームだった場合、迷わず連れて帰るだろう。でないとゲームも始まらないし、何より俺は犬や猫が好きだ。特にあの、うるうると泣きそうな目に弱い。好きなだけ遊んであげたくなるし、全力で構い倒したくなる。だけど、それはゲームの中であり、目の前にいるのが動物だという時限定だ。
「……」
「ええと、」
目の前にいるのは立派な成人男性だ。透き通った銀の髪に、俺よりも一回り程良い体格。鋭い目付き。それだけ見れば、どこにでもいそうな不良さんだ。けれど、なんというか、雰囲気が弱々しく赤い目にうっすらと涙を滲ませているのが見える。それがどうにも、失礼だけど子犬に見えて仕方がない。
「……アルバーツ様」
「あ、ああ……」
隣に立っている黒髪の、真面目そうな人に声を掛けられて、ようやく意識が戻ったらしい。それでも見た目に反してビクビクと小動物のように怯えた様子で俺を伺い見ている。
自分のせいであるのは理解しているけれど、こうも警戒されたことが無いので、どうにも声が掛けづらい。
細かい模様の入った銀のテーブルを囲んで対面で座っている状態だけど、今にも後ろのドアへと逃げ込んでいきそうなくらいだ。それが出来ないのは一重に隣に立っている黒髪さんのお陰だろう。何しろ、魔王様に右肩に手を置いていて、逃げられないようにしているからだ。
――あの後は大変だった。この魔王様、本当に気が弱いらしい。あの会話の後、目が合った瞬間に後ろにひっくりかえったのだ。まぁ、気絶したんだ。
俺が驚いて声をあげたすぐ後に、駆けこんで来た黒髪さんともう一人によって魔王様は保護され、俺は危うく拳でふっ飛ばされそうになったけど、首からかけていた首飾りを見た黒髪さんにより助けられた。
後一瞬遅かったら、俺も魔王さんみたいに床にひっくりかえってたんだろうな。
そんな訳で、黒髪さんがレイの言っていた『黒髪の怖い顔した人』だということがわかった。そして俺が移動させられた場所は、魔王様の寝室横の対勇者用避難所だということを黒髪さんに教えて貰ったわけだ。
そして今、俺はようやく気が付いた魔王様とご対面しているわけだ。それにしても、どうしようか。とりあえず魔王様相手にも自己紹介でもしておこうか。
そう思って口を開く。
「「あの」」
「「あ、どうぞ……」」
「「……」」
と、同時に、決死の思いで声を出した魔王様と被ってしまった。気まずく相手を促すけど、魔王様も同時に譲ってきた。重なった偶然に、自己紹介をしようとした口は思わず閉じてしまう。
お互いに相手が話だすのを待っているのはわかっているけれど、勢いをなくした言葉はどうにも言いだしにくい。
「申し訳ない、アルバーツ様は……わかっているかもしれないが、少し警戒心が強いんだ」
「あ、いや。大丈夫、です。引きこもりだってこととかは、レイに聞いてるんで」
あ、引きこもりって言い方はダメだったかな。言ったあとに、苦笑を浮かべた黒髪さんと肩を落とした魔王様を見て失言に気がついた。