いとし、いとし

 扉越しに聞こえてくる声に、今すぐ扉を開けて抱き締めてあげたくて、でも耐える為にきつく拳を握る。
 何度も聞こえてくる謝罪に、わかってるからと大丈夫だからと安心させてやりたい。でも今、それはできない。
 ごめんね、君がついた嘘を、僕は知ってるんだ。


 それは偶然の出来事だったけれど、君が彼ではない事は連れてきたすぐ後に知った。
 本当に興味本位で、僕と敵対すると予言されている彼と合って、城にいるやつらをからかう為に連れ出した。
 別の世界から来た英雄として祭り上げられていた人物が、攫われたら大きな騒ぎになるはず。でも攫った翌日、その騒ぎを眺めに行けばただ静かないつものつまらない日常だけがあった。
 驚いて調べてみれば、僕が攫ったのは英雄と一緒にこの世界へやってきた子で。何故あの時な言わなかったのかは、問う前に答えが出た。彼の体にあった無数の痣と、怪我。
 誰がやったのかなんて、わかりきった事。違う世界からやってきたという人物に会えるのは、限られた極少数だけのはずだから。
 君は、ただあの城から逃げたかったんだよね。誰かに、助けて欲しかったんだよね。
 君の力ではどうしようもなくなって、耐えられなくなった時に僕が君と彼を間違えた。だから、君は僕の手に自分の手を重ねたんだ。

 最初はくだらない争いに巻き込まれた君が、ただ憐れで可哀想で僕の城に置いた。体を覆う傷が癒えるまでは、せめて安らぎを与えようと思ったんだ。
 でも、接しているうちに自分の中で、君に対する想いがゆっくりとだけど形を成した。それは今まで僕の中になかった、愛しいという感情。毎日毎日、喋ろうとしない君と身振りで話すのが楽しい。変わらない表情に時折浮かぶ笑顔に、胸が高鳴る。抱き締めて口付けて、好きだと、愛していると伝えたくなる。僕は決して、君を彼として扱ってるわけじゃない。

 でも、今の状態で君に何を言ってもきっと信じてくれないだろ?
 本当は君が誰かを知っていると言ったら、きっと君は自分を責めながら僕から離れていく。それで僕の知らない場所で今みたいに泣くんだ。
 そんなことはさせない。僕のそばから離れることも、知らない場所で泣くことも許さない。だから、

「君に傷をつけた奴や、そのきっかけを与えた奴らには地獄を見せてあげよう。二度と君を貶める事ができないように、笑顔を奪わないように」

 コレが終わって、君が僕の言葉を信じてくれるようになったら、この想いを伝えよう。
 そして、出来れば笑って欲しい。今は悲しい音にしかならない僕の名前を、呼んで欲しい。

「すぐに終わらせるから、少しだけ待っていてね」

 先程、彼が口付けてくれた頬に指先をあてて誓うような思いで呟いた。

「君を、君だけを愛しいと思っているよ」


end

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