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 ただの予想でしかないが、小さな声で呟かれる本音に相槌を打つ。空が望んでいるのは慰めではなく、ただ内に蓋をした言葉を吐き出すことだ。
 ぽつりぽつりと溢れていく言葉は、空が笑顔で深い場所に押し込めたものでどれもこれもが空を傷付けている。
 ――好きなやつの為に、好きなやつの恋人の為にと自分の感情を閉じ込めて笑う。お人好しなのはどちらなのか、と昨日の空に言いたい。
 緩く息を吐き、震える体を抱き締めた。

* * * * *


 その次の日の昼のことだった。昨日は放課後もなんのかんのと理由を付けて、蒼と帰ったから、その内聞かれるだろうな、とか思ってたけど。

 ――結構早かったなぁ。

 ぼんやりと、二人を見ながら佇む。悲しそうに俺を見てくる篤に対して、どうにも言葉が出てこない。

「……どうして?」
「……だから、何が?って言ってるんだけど」

 言われなくても、なんとなくわかるけど。この無人の教室に連れて来られて、開口一番に「なぜ?」と聞かれた。省かれた主語に首を傾げるだけで答えると、悲色に染まっていた目に怒気が滲んでいく。その隣に所在無げに立っている愁は、理由がわかっているからか何かを言うことはなかった。

「なんで?いつも一緒にいたのに……僕らが男同士で思い合ってるのがいけないの?」
「あつし、」
「どうして、空ならわかってくれるって、良かったなって言ってくれたのに!」
「篤、落ち着けって」

 教室に響いたのは、怒りに満ちた叫びだった。そうしてようやく愁が止めようとする。
 友達だと、親友だからと信じて話したのに、と裏切りと取られても仕方ない。でも、でもさ。お前等に言えるわけがないだろ。恋人になったばかりの二人に、そんなこと。

「空っ!」
「おい、入るぞ」

 口を開けば何か別のことを口走りそうで無言を貫いている俺に、篤が苛立ったように言い募ろうとした瞬間。ガラリと開いたドアに、驚いた篤は口を閉ざした。そうして篤と愁はドアのほうを見て、入ってきた人物に訝しそうにする。

「――蒼」
「よお」
「どうしてここに?」
「屋上行くのにそこの廊下通るからな」
「そっか」
「怒鳴り声が聞こえたから覗いたらお前がいた」

 心配、してくれたようだ。むっすりとした表情に、緊張と焦りと苛立ちに固まっていた体から力が抜けていく。

「あんた、神谷だろ。空に何の用だよ」

 近づいてきた蒼の服を握って安堵していると、愁が剣のある声音で蒼に尋ねた。学校内で嫌な方向に有名だからな、蒼は。何かするのでは、と心配してくれているのかもしれないけど、それはいらぬものだ。
 触れてくる手は優しいし、抱き締めてくれる腕は暖かい。蒼は、俺を絶対に傷付けないと確信してる。

「……一緒に飯を食うだけだ。お前らに許可を取らないといけなかったか?」

 そして、多分。蒼は篤と愁が俺が言っていた『片思いの相手』と『その恋人』だと気付いてる。

「ご、飯?」
「そうだ。昨日の昼飯からだな」

 なんでもない顔をしながら俺の横に立った蒼は、「行くぞ」と手を引いた。つられてふらりと足が動く。

「あ、蒼……!」
「なんだ?」
「……二人に、言うから。少し、待って」

 出入口に向かう手を逆に引いて、歩む足を止めると蒼が振り返った。何を?というように首を傾げる姿に、ぎこちなく笑みを浮かべてから困惑したまま立ち尽くす二人を見る。二人は俺と目が合うと戸惑ったように視線を逃がした。

「篤、愁。勘違いさせるような行動してごめん。実はさ……」

 震える体を無視して、蒼の手を握ってどうにも沸き上がる寂しさに耐える。ここで言わないと、きっと誤解したままだ。このままだと、絶対に後悔する。

 ――大丈夫、俺には蒼がいるから。

「蒼と付き合い始めたんだ」

 に、と笑って言う。二人と、傍らの蒼が驚いたように俺を見たけど、それにまた笑みを返して蒼の手を引いて教室から出た。
 まだ篤の事を忘れたわけではないけど、それでもこのままじゃいけないことはわかってる。だから、少しでも前を向いて踏み出そうと思う。感情がゆらゆら揺れてしまうけど、隣に蒼がいてくれると言うから。

「蒼」
「ん?」
「俺、頑張るから」
「そうか」
「おう。だから、もう少しだけ待ってて」
「ん、」

 二人に話してもやもやとした一部が晴れた俺は、あまり分かってないだろう顔で頷く蒼の腕を引いて後少しの昼休みで昼飯を食べる為に屋上へと向かった。


end

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