二歩前進、一歩横へ

 偶然とは怖いものだと身を持って知ったのは、つい数週間前の事だ。偶然通りかかった道で、偶然不良の喧嘩を見つけて巻き込まれ、そして出会ったのが偶然不穏な噂ばかりの無駄に強い人。
 何度も偶然が重なると必然だとかどっかの漫画かアニメで見たけれど、そんな必然はいらないよと投げ捨てたい今日この頃。

「とーご、消毒液が垂れてるぞ」
「え?あ……あー」

 ぼんやりとしながらヒタヒタとピンセットで傷口に脱脂綿をあてていると、真上から平坦な声で指摘を受けた。
 あ、と掴んでいた手を見ると付け過ぎたのか脱脂綿に含ませた消毒液がポタポタと怪我人の手を伝っていた。慌ててティッシュを取りだして、余分だった液体を拭っていく。

「すみません、ぼーっとしてました」
「みたいだな」

 どうした?視線だけで問い掛けてくるこの人は、見た目を裏切って優しい人だと思う。
 あの日から時々喧嘩をしてる場面に会い、その度に手を引いて病院に連れていった。けれどここ数日は出会うことを考えて、教科書も入ってないカバンに治療セットを常備するようになったのは慣れてきたからなのかなんなのか。

「……高坂さん」
「なんだ」
「あんま怪我しないでください」
「そんなにしてねーだろ。お前が小さいケガでも騒いでるだけだ」
「そうですけど……」

 確かに掠り傷ばかりだけども場所によっては緊急性があることもある。この人は自分に対して赤の他人な俺が心配するほど異様に無頓着。この間なんか腕からだらだらと血が流れてても放っとけば治る、とか軽々と言ったくらいだ。(この時はさすがに救急車を呼ぼうかと思った)
 だけど、何故か。

「お前は大丈夫だったか?」
「え?ああ、まぁ……」

 俺の怪我は眉を潜めて心配するんだ。
 今日出会ったのは偶然じゃない。俺とこの人が知り合いだと知った、この人に恨みを持つ人達が俺を拉致って呼びつけた。その人達は俺に対しては拉致っただけで、特に暴力を振るうつもりはなかったらしく何故かジュースとおやつを貰った。この人が珍しく血相を変えて溜まり場とやらに来るまで、人質だったことに気がつかなかったくらいに。
 いや、だって「ねぇねぇ道を聞きたいんだけどさ」ってにこやかに応対されたから、まさか成り行きで手当てしてるだけの俺が巻き込まれるわけがない、って言う思い込みもあったけど全然そっちに思考が行かなかった。まあ、道聞かれたのにそのままその工場跡地に連れ込まれるのはおかしいとは思ったけど。

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