one's eyes

 どうしてこうなった。頭がついていかず、ただただ固まる。
 がしりと背後から抱きついているのは恋人の青磁だ。いつもの底抜けな明るさは睡魔の為か身を潜めていて、時々愚図るように肩に額が擦り付けられる。

「……おい、眠いならベッドで寝ろよ」
「んー……」

 ベッドまでは数歩移動すればいいだけだ。ほら、と促すけれど嫌だと首を振られる。
 僅かにため息をつきペンから手を離した。ノートに走らせた黒い線はあちこちに乱れて今の心情を表している様でなんとも悲しい。

「青磁」
「……やー」

 学期末テスト一週間前。今は背中に貼り付いている青磁自身も、ある程度は勉強している。けれど、どうも集中力がもたないらしくペンを握っても三十分程度で途切れてしまうようだ。

「ねーむーいー……」
「だからベッドに行けと言ってるだろ」
「どんかん」
「誰がだ。……今日はやけに絡むな」

 どうした、と聞いてみるが返ってくるのは子供のように唸る声だけ。腰に回った腕と触れる体は熱だけを伝えてきて実に厄介だ。

「むー……。誉、連れてって」
「どこに」
「ベッドに?」

 どうしたものかと黙っていると、青磁が肩に顎を乗せてより密着をしてくる。コイツがなにを考えているかわからないが、どうにも煽られている気がした。
 けれどここで構ってしまうと後々が大変なことになる。どうするべきか。悶々と考えつつ教科書とノートを閉じると、背後の雰囲気が少し変わった。腰に回った腕の力が強くなる。

「……青磁、離せ」
「離したら?」
「運んでやる」
「……何処に?」
「ベッド。行きたいんだろ?」

 青磁が望んでいるのはベッドに運べ、ということだけだ。それならとっとと運んで放り投げればいい。
 文句を言われたら右から左へと流そう、そうしよう。

「離したー」
「ああ」

 そんなことを考えている俺に気付くはずのない青磁は、素直に腰から腕を離した。ようやく解放されて後ろを振り向くと、「抱っこ」と言うように両手を広げる青磁。

「……」
「誉?」
「……いや、何でもない」

 待っている姿がなんとも言えず犬っぽくて、一瞬戸惑った。そんな俺に腕を広げた体勢のまま首を傾げた青磁を、流すように誤魔化しつつ抱き上げる。
 俺のほうが若干だが背が高いとはいえ、同じ男だからか両腕でなければ抱えられない。必然的に横抱きになるのだが、それが気に入ったのか眠いからなねか青磁は俺の首に腕を回してニコニコと笑った。
 腕に掛かる重みとその笑顔にドクリと、体のどこかが反応したがそれに気付かないふりをしてベッドへと運ぶ。

「ほら、お前はここで大人しく寝てろ」
「えー?一緒に寝ようよー」
「却下だ」
「けちー」

 ベッドへと降ろせば予想通りに不満を漏らす青磁に、少し乱暴にその頭を撫でる。それで諦めてくれたようで枕を抱えて、こちらに背を向けて寝る体勢に入った。
 拗ねる子供を彷彿とさせる様子に、小さくため息をつくと青磁のびくりと肩が揺れる。そしてそわそわとしだす恋人に、少し考えてからベッドに手をついてそのこめかみにキスをした。

「え、な、えっ!?」
「うるさい」
「いだっ、ちょ、誉!」

 瞬間に、顔を真っ赤にさせた青磁がバネのように起き上がったが頭を掴んで無理矢理ベッドに押し付ける。じたばたとする青磁を押さえつけながら、もう片方の手で熱くなった自分の顔を覆った。

(……ああ、なにやってるんだ俺は!)


end

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