3

 調理室に着くとやけにゆっくりと床に下ろされた。促されて近くにあった椅子に腰掛けると、テーブルの向こう側でガチャガチャと音が聞こえはじめる。
 何かをしている背中を見つめて待っていると、振り返った彼の手には一つのティーカップ。それを僕の目の前に置いてくれた。

 ――そうだった。初めて彼に会った時もこんな感じだった。
 たしか、あの時は。

「……おい?」
「あ、すみません。えと……いただきます」
「おう」

 甘い紅茶を口にしながら思い出す。
 確か、あの時は、ここに転校してきてすぐのことで。広い校内で迷っている時に柄の良くない人達に絡まれて、偶然通りかかった彼に助けて貰った。そのあと怯えていた僕に、彼は舌打ちをして腕を引いてここに連れてきてくれた。そうして、同じように紅茶を出してくれたんだ。僕に絡んでいた数人の生徒を乱暴に蹴散らしていた手が淹れた紅茶は、甘くてとても美味しくて失礼だけど凄く驚いた。
 そこからはまっ逆さま。僕はこの人のことを慕うようになって、そしてきっぱりと振られた。

「戸張さん」
「あ?」
「……美味しいです」

 当たり前だ。返ってきた返事に苦笑を浮かべて、カップをソーサーに戻す。
 椅子ではなく机に軽く腰をかけている彼を見上げて、少し首を傾げるとふ、と目の前が陰った。

「ミルクと砂糖、入れすぎたか」
「……でも美味しいですよ」

 なんでもないように呟いた彼に、なんとか笑みを返して紅茶に視線を落とした。
 ほんの一瞬の接触。触れた箇所が熱くなって、ドキドキと高鳴る胸元に制服を握る。
 彼が何を思ってるのかわからない。それでもどこかの片隅で、『もしかして』なんて期待を抱いてしまう自分にため息をついた。


end

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