▼ 籠の中の鳥
――……たぞ!
……はは…、――だ!
いつも以上に騒々しい気配と、時折聞こえる破壊音。
そんな音に、ゆったりと眠りについていた俺の意識が浮上する。
まだ眠りたいと言う重い目蓋を開くと、目の前には黒い布を纏った金髪の美男子がいた。
「おはよう」
「……、……」
少し低い、でも聞きやすい声に頷いて答える。にこりと笑うと、俺の頭をくしゃくしゃに乱して撫でてきた。
「彼らが、君を取り返しに来たみたいだよ」
さっきからみんな、楽しそうだよ。と彼、リズが笑った。笑顔が標準装備の彼は、いつも以上に楽しそうに笑っている。
理由はリズが言った「彼ら」。俺の元トモダチと、その取り巻きだ。
彼らには、会いたくない。顔も声も、聞きたくない。
耳の奥に残る罵声が記憶へと引き出される。
『何故彼のような者があの子と一緒に?』
『まぁ、一緒にいさせればきっと盾くらいにはなるだろう』
『はぁ?あんなの盾にすらならねぇだろ』
笑い声と一緒に紡がれる言葉。どれもが俺の存在を否定するものばかり。
無意識に震えだした自分の体を抱き締めて、ゆっくりと息を吐く。
「大丈夫だよ。僕がいるから……。安心して?」
リズはベッドに手をついて、シーツに身体を預けたまま見上げていた俺の額にキスをしてくれた。柔らかい感触がくすぐったくて、暖かくて嬉しいけど、今まで感じたことのない感情に泣きそうになる。
「泣きそうだね。嬉し泣きかな。そうだといいな」
リズはどこか戸惑うように、淋しそうに瞳を揺らした。
こんな時、言葉の発せない自分の喉に嫌気がさす。大丈夫だと言いたいのに、悲しいわけじゃないと言いたいのにそれを言葉にできない。それが凄くもどかしく感じる。
この世界の文字はまだ覚えきれてなくて、意志疎通は身振り手振り等の行動で表すだけ。
だから、ベッドから起き上がってリズの背中に腕を回す。少しだけ勇気を出して頬にキスをした。
「……ふふ、君の声を奪った彼らにお仕置きをする前に、君にもちょっとだけお仕置きしちゃおうかな?」
ほんの少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐにいつも通りの……いつも以上に綺麗な笑顔を浮かべて首筋に擦りついてくる。
金に光る髪が首筋にくすぐったくて、身体を縮こませるとぎゅうと抱き締められた。
暖かい。優しい温もりに今の状況を忘れそうになるけど、騒音が段々と近付いてくる。
「……」
リズの服を引っ張ると、仕方ないねと小さく聞こえた。体温が離れていくのが寂しくて、身体が無意識に追いかけそうになったけど寸でで止める。
でもそれがリズにはわかったのか、くすりと笑われた。恥ずかしくて顔を伏せる。
「……少し出てくるけど、ココで待っていて。すぐに戻るから」
「……」
先ほどとは違って、子供にするように柔らかく抱き締められた。
とくん、と聞こえる心音に安心感と一緒に愛しさが募っていく。
「それじゃ、行ってくるね。ココから出たらダメだよ」
今度こそ俺から離れたリズは、部屋から出ていった。それを見送って、俺の為に用意されたベッドに深く潜り込む。
この部屋から出たら、きっと見たくないものを見てしまう。聞きたくないことを聞いてしまうだろう。
できの悪い俺の頭でもそれがわかってるから、リズに言われた通りココから出ない。
――本当は、わかってるんだ。
優しくしてくれるのは、俺のためじゃないって。
だけど、この世界に来て初めて優しく接してくれた人で、とても愛しいと想う人、だから。
例え与えられる感情が、偽りに固められたモノであったとしても離れられなかった。
「……っ、」
お前が本当に連れてきたかったのは、俺じゃなくて、俺のトモダチ。
ココにいるのが俺で、ごめん。ごめんなさい、リズ。どんなに謝ってもきっと許してくれない。
それでも今の俺には何もないから、こうやって謝ることしかできない。
「……り、ず」
思い出すのは、あの夜。
俺に向けてトモダチの名を呼んだ彼に、それを否定することができなかった。
あの不条理な城から抜け出したくて、でも一人になりたくなくて。心が弱っていた時に差し出された優しい手を、掴んでしまった。
俺に差し出されたものではなかったのに。
「ごめんなさい……」
どうかどうか。少しでも長く彼といさせてください。その後にどんなひどい事があっても構わない。
せめて俺が彼ではないとわかってしまうまで、隣にいさせてください。
end