籠の中の鳥

 ――……たぞ!

 ……はは…、――だ!


 いつも以上に騒々しい気配と、時折聞こえる破壊音。
 そんな音に、ゆったりと眠りについていた俺の意識が浮上する。
 まだ眠りたいと言う重い目蓋を開くと、目の前には黒い布を纏った金髪の美男子がいた。

「おはよう」
「……、……」

 少し低い、でも聞きやすい声に頷いて答える。にこりと笑うと、俺の頭をくしゃくしゃに乱して撫でてきた。

「彼らが、君を取り返しに来たみたいだよ」

 さっきからみんな、楽しそうだよ。と彼、リズが笑った。笑顔が標準装備の彼は、いつも以上に楽しそうに笑っている。
 理由はリズが言った「彼ら」。俺の元トモダチと、その取り巻きだ。

 彼らには、会いたくない。顔も声も、聞きたくない。
 耳の奥に残る罵声が記憶へと引き出される。


『何故彼のような者があの子と一緒に?』
『まぁ、一緒にいさせればきっと盾くらいにはなるだろう』
『はぁ?あんなの盾にすらならねぇだろ』


 笑い声と一緒に紡がれる言葉。どれもが俺の存在を否定するものばかり。
 無意識に震えだした自分の体を抱き締めて、ゆっくりと息を吐く。

「大丈夫だよ。僕がいるから……。安心して?」

 リズはベッドに手をついて、シーツに身体を預けたまま見上げていた俺の額にキスをしてくれた。柔らかい感触がくすぐったくて、暖かくて嬉しいけど、今まで感じたことのない感情に泣きそうになる。

「泣きそうだね。嬉し泣きかな。そうだといいな」

 リズはどこか戸惑うように、淋しそうに瞳を揺らした。
 こんな時、言葉の発せない自分の喉に嫌気がさす。大丈夫だと言いたいのに、悲しいわけじゃないと言いたいのにそれを言葉にできない。それが凄くもどかしく感じる。
 この世界の文字はまだ覚えきれてなくて、意志疎通は身振り手振り等の行動で表すだけ。
 だから、ベッドから起き上がってリズの背中に腕を回す。少しだけ勇気を出して頬にキスをした。

「……ふふ、君の声を奪った彼らにお仕置きをする前に、君にもちょっとだけお仕置きしちゃおうかな?」

 ほんの少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐにいつも通りの……いつも以上に綺麗な笑顔を浮かべて首筋に擦りついてくる。
 金に光る髪が首筋にくすぐったくて、身体を縮こませるとぎゅうと抱き締められた。
 暖かい。優しい温もりに今の状況を忘れそうになるけど、騒音が段々と近付いてくる。

「……」

 リズの服を引っ張ると、仕方ないねと小さく聞こえた。体温が離れていくのが寂しくて、身体が無意識に追いかけそうになったけど寸でで止める。
 でもそれがリズにはわかったのか、くすりと笑われた。恥ずかしくて顔を伏せる。

「……少し出てくるけど、ココで待っていて。すぐに戻るから」
「……」

 先ほどとは違って、子供にするように柔らかく抱き締められた。
 とくん、と聞こえる心音に安心感と一緒に愛しさが募っていく。

「それじゃ、行ってくるね。ココから出たらダメだよ」

 今度こそ俺から離れたリズは、部屋から出ていった。それを見送って、俺の為に用意されたベッドに深く潜り込む。
 この部屋から出たら、きっと見たくないものを見てしまう。聞きたくないことを聞いてしまうだろう。
 できの悪い俺の頭でもそれがわかってるから、リズに言われた通りココから出ない。

 ――本当は、わかってるんだ。

 優しくしてくれるのは、俺のためじゃないって。
 だけど、この世界に来て初めて優しく接してくれた人で、とても愛しいと想う人、だから。
 例え与えられる感情が、偽りに固められたモノであったとしても離れられなかった。

「……っ、」

 お前が本当に連れてきたかったのは、俺じゃなくて、俺のトモダチ。

 ココにいるのが俺で、ごめん。ごめんなさい、リズ。どんなに謝ってもきっと許してくれない。
 それでも今の俺には何もないから、こうやって謝ることしかできない。


「……り、ず」


 思い出すのは、あの夜。
 俺に向けてトモダチの名を呼んだ彼に、それを否定することができなかった。
 あの不条理な城から抜け出したくて、でも一人になりたくなくて。心が弱っていた時に差し出された優しい手を、掴んでしまった。
 俺に差し出されたものではなかったのに。

「ごめんなさい……」

 どうかどうか。少しでも長く彼といさせてください。その後にどんなひどい事があっても構わない。
 せめて俺が彼ではないとわかってしまうまで、隣にいさせてください。


end

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