オネガイゴトハ

 授業終了のチャイム。
 担任の長いホームルームが終わって、すぐに椅子から立ち上がる。

「千里ぉ、今日、ってオイ!」
「悪い、また今度っ」

 友人の声を背に、カバンを引っ提げて教室を飛び出す。今頃声を掛けた友人は呆然としているだろうけど、悪い。
 俺には、遊ぶより大事な事があるんだっ!


* * * * *



「はい、どうぞ」
「ありがとう、ございます」

 目の前に置かれた、紅茶の香を漂わせるマグカップ。
 白と黒のチェックの柄に、黄色の星が真ん中に置かれたソレは、一週間くらい前に俺用にと、御門さんが買ってきてくれたモノだ。
 このアパートに引っ越してきてから二ヵ月。
 何かとお世話になってる御門さんは、アパートの管理人さんだ。新しく入居したというのもあるらしいけど、どうやらこのアパートに住んでる中で一番年少だからと気を遣ってくれてるらしい。
 優しい、というかお人好しというか、どちらかと言えば、お人好しに近いと思うけど。毎日毎日、押し掛けに近い程ここに寄る俺に対して嫌な顔一つせず迎えてくれる。
 しかも、最近では出迎えの言葉が「おかえり」になってるし。

「千里くん?」
「……あ、はい?」

 ぼうっとしてしまったのか、気が付けばマグカップからたっていた湯気は消えていた。それより、気になるのは目の前のこの人。

「御門さん?」

 なんでこんなに近いんだろう。目と鼻の先、と言ったほうがいいのか。
 とりあえず、本当に目の前に御門さんがいた。しかも何故か身体がさっきより近い。肩が触れていて、寄り掛かられてるような感じ。

「ねぇ、千里くん」
「うん?」

 寄り掛かられてても、背は向こうのほうが高い。見上げるカタチになる。
 それがちょっとむっとくるけど、この二ヵ月で慣れた。御門さんはクールな見た目に反してスキンシップを好むらしく、寄り掛かってきたりのしかかってきたりを結構してくる。
 けど、人前でやるのは抵抗があるらしく二人だけになったりとか、人があまりいない時にくっついてくることが多い。
 でも、今まで鼻同士がつきそうな程に間近まで近づいた事はなかった。

「千里くん、」

 頭がぼんやりとする。
 薄い茶色の目と、視線が重なったままで離せない。

「お願いがあるんだけど、いいかな?」

 そんな頭が働かない状態で断れるはずがなくて、何も考えずに頷いてしまった。

「ありがとう、千里くん」

 別に、と首を横に振る。まだ何もしていないのに、嬉しそうに笑う御門さんはきっと純粋なんだ。
 自分とはまったく違う領域にいる事を、こういうちょっとした事で思い知らされる。

「それで、お願いって?」

 あまり手をつけていなかったコップを手に取りながら、無理矢理視線をそらす。じゃないと、何かが弾けてしまう気がしたから。

「うん、あのね?」

 にこりとイタズラを思いついた少年のように笑うと、御門さんは耳元で囁いてきた。

「       」
「は、ぁっ?!」

 その言葉に、俺は思わず今まで出した事のないすっとんきょうな大声を出してしまった。


end

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