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 挑発するような厳しい口調に、でもリズは穏やかに笑う。触れていた俺の手を握ると、アデルさんの方を見て、一言だけ答えた。

「僕の、恋人です」
「ッ、な、私をからかってらっしゃるの!?」

 リズの言葉に、信じられない、と叫ぶアデルさんの剥き出しの感情と、覚えのある言い知れない恐怖にビクリと体が震える。それを宥めるように抱きしめられて、視線を伏せた。
 今俺が何を言ってもこの人の耳には届かない、今はリズの言葉だけしか聞こえないだろう。向けられている感情は、あの城の住人たちから向けられたものと同種の、嫉妬だ。

「いいえ、彼とはきちんと婚約を結んでいますよ」
「いくらこの国が同性同士との婚姻を認めていても、リーズヴァルド様、貴方は子孫を残さないとならない身。認められないものでしょう!」
「その点は大丈夫です。こちらで対処ができる問題です。心配をして頂く必要はありません」
「しかし!このような、凡庸な、しかも男を!」
「もう一度言いましょう。アデル、この子は僕の婚約者です」
「ッ、」

 アデルさんの言葉を遮りはっきりと言い切ったリズに彼女は、はっとしたように口を閉じた。それでも何か言葉を探るようにリズを見つめていたけど、ふいに脱力したように俯く。
 何か言った方がいいのかもしれない、と声をかける前に俯いたままアデルさんは俺たちに背を向けた。

「――……体調が優れませんの。もう帰らせて頂きますわ」

 暗い夜の中でも、月灯りで僅かに肩を震わせているのがわかる。その背に声をかけられず躊躇っていると、リズが俺から身体を離した。

「アデル」
「見送りは不要です。今、貴方の顔を見たら何を言うかわかりませんから」
「わかりました」

 震える声。それでもしっかりとした言葉に、少し驚いた。
 さっき俺はこの人を、あの城にいた奴らと同じだと思っていた。けれど彼女はあの人たちとは違う。

「……失礼しますわ」

 こちらを振りかえると視線は落としたままドレスの裾を摘み、優雅に礼を取る。女性らしい動作に目を奪われるが、彼女はすぐに靴音をたてながら隣を横切っていった。
 重そうなドレスを着たままの早い歩き方に場違いながら関心していると、背後から知った温もりが抱き締めてくれる。
 その暖かさにほっとすると同時に先ほどの事を思い出した。

「……リズ、あんなこと言って平気なのか?」
「あんなこと?」
「その、俺と婚姻を結んだって」
「ああ、うん。大丈夫だよ。本当にするから」
「……え?」
「ん?まだ婚姻の義をしてないのに結んだと言ったから心配してるんだろう?大丈夫。後できちんとするから」
「あ、いや、そうじゃなくて……」

 俺なんかとしていいのか、とか、男同士でもできるんだとか。そんな色々なことが頭の中で回ったけど、いつも通りの笑顔を浮かべるリズに少しだけ気持ちが軽くなった。

「リズ、実は明日、渡したいものがあるんだ。受け取ってくれる?」
「もちろん。ジンくんからのものだったら喜んで」

 リズの応えを聞いて、花壇に視線を動かす。そこには赤い薔薇の花が夜風に揺れていた。


end

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