引きずりだされた感情

「今日は、せっかく紫にDVDを借りたし、早めに切り上げましょうね」
「……あんな雑魚共、とっとと片はつく」
「そう言って一時間も暴れてたのはどこの誰ですか」
「……」


 そんな会話から、そんなに時間は経ってない。
 けど、今のこの状況は、どういうことだ?



 おかしい、と感じたのは綴さんがいつものように暴れはじめてから。何かがおかしい。いつもと『何か』が違う。感覚での気付きでしかないから、理由がわからない。
 ついさっきまでは昨日までと一緒だったはず。昨日との違いは、何だ?

「……あ、れ?」

 辺りを見渡して気付いた。
 そう、人数、が足りない。さっきまでは確かに存在していた数より、ホントに数人。
 いつも報告のためにある程度はじまる前にその場に集まった人数を数える。だからこそ気付いた事。

「……どこに行ったんだ?」

 敵前逃亡なんて事は彼らはしない。仲間を置いていくことは裏切りとされるから、らしい。
 だからこの辺りに絶対にいるはず。
 綺麗に蹴りを繰り出す綴さんから目を離し、減った人達を探しに行こうと足を踏み出した瞬間、少しの浮遊感を感じた。

「え、あっ?」
「おとなしくしろ、アンタを傷付けるつもりはない」

 背後から持ち上げられ、耳元で低くそう囁かれた時、鋭く俺の名前を呼ぶ綴さんの声が聞こえた気がした。


 そして場所が変わって、多分体育倉庫。
 あの後、抱えられて凄いスピードでココまで連れてこられた。綴さんは他の人達に足止めをされたらしく追ってきた気配はない。
 絶体絶命。俺、ピンチ?なんて頭の片隅で考えたけど、目の前に佇む水色の髪をした彼は俺を傷付ける気はないと言った。その言葉は信用できる、と思う。
 けど、跳び箱に座らされてから数分。俺を連れてきた奴は口を開かない。ただ静かに俺を見つめるだけ。カラコンだとわかるその目には静かな感情しか見えないから、俺も下手に動けなかった。

「……お前に、聞きたいことがある」
「……、何ですか?」

 ようやく掛けられた声に、少し体を後ろに引いて問い掛けに応える。
 きっとこの人はアイツ等の仲間だ。そうすると、俺は綴さんに対する人質か?

「……おい、聞いてるのか」
「え?」

 考え事をしてて、まったく聞いてませんでした。
 それが表情に出たのか、目の前のやつは呆れたようにため息をつく。
 いや、人の話しを聞いてなかった俺が悪いかもしれないけど、そんなバカな子を見る目で見ないでほしい。微妙に傷付く。

「……まぁいい。お前に聞きたいことがある、っていうのは聞いたな?」
「う、ん」
「聞きたいのは、あの『銀の狗』についてだ」
「銀…?」

 綴さんのことか?
 俺がきょとんとしていれば、軽く眉を寄せ何かを探るような視線で見てきた。

「まず一つ目、何故お前はあいつの『飼い主』になった?」
「なぜ、って……」
「二つ目、何故あいつに『名』をつけない」
「……えと、」

 矢継ぎ早に聞かれる問いにどう答えていいかわからず、体育倉庫内に視線を泳がせる。
 だって、どうして飼い主になった、なんて聞かれても困る。なんで名前をつけないかなんて、俺に聞かれても……。

「早く答えろ。あまり時間がない」
「そう、言われても……。『飼い主』になった理由なんて……それは綴さんに聞いてください。俺を『飼い主』と決めたのは綴さんです」
「……拒否はしなかったのか?」
「拒否、できると思いますか?俺が、綴さんに」
「……できねぇな」
「……どうせ」

 俺の顔をじっくり見てから言われた。
 ふん、どうせ俺は平凡さんだよこんにゃろう。
 なんて、卑屈になっていれば困ったような戸惑ったような気配が目の前からだだ洩れていた。

「あ、いや、別に俺はお前を乏していたわけでなく、」
「いいですけど……。綴さんに名前をつけないのは、その、考えてはいるんだけど」
「だけど?」
「……俺、がつけていいのか、っていうか」
「……はぁ?」

 何言ってんだコイツ的な目だ。
 きっと俺以外にこの気持ちがわかるわけないのに、何話してるんだろ。

「……理由なんて、こんなものだよ。貴方には関係ないでしょう?」

 これは俺自身の問題。
 劣等感、嫉妬、苛立ち……綴さんへの好意。混じりに混じったこの感情は説明できない。しようとも思わないけれど。

「お前、」
「ソコ、退いて下さい。早く戻りたいんで」

 何か言いたげに表情を歪めるこの人は、何かに気付いたかな?

「……はぁ、わかった。アイツのところへ帰っていい」

 結局何も言われなかった。
 その人がそこから退いてくれるのを見て、跳び箱から降りる。今更だけど、何で跳び箱に座らされたのかわからない。
 首を傾げながらドアへと向かおうと足を向けた時、すれ違いざま耳元に吹き込まれた言葉。
 その言葉に、思わず足を止めた。ゆっくりと彼を見ると、またその口が言葉を綴る。すぅ、と血の気が引いた感覚。
 俺は、その場から逃げ出した。


 ――綴さん、俺はどうしたらいい?


 引きずりだされた感情

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