表の平和

 チャイムぎりぎりに登校して下駄箱を開けると、中には一通の手紙。取り出して裏返してみるが、白い便箋には名前が書かれていない。
 こういうのは開けないで捨てるのが一番だけど、後が面倒な時がある。どうしようかな、と迷う。

「……後ででいいか」

 朝から頭を使うのは嫌で、カバンに手紙をしまって本来の目的だった上履きを取り出した。

「まっしろくーんっ!」

 上履きを履こうとした直前、朝からは聞きたくない能天気な声と一緒に背後から直撃。ついでにそのまま首に腕を回されて抱き締められた。

「……紫、まっしろじゃなくて、ましろ、だって何回言えばわかるんだよ?」
「えー、じゃあシロくん」
「却下」

 顔は見えないけど、視界の端に映る薄紫色の髪と声、行動に数少ない友人だと判断する。
 腰に抱きついている腕を叩きながらの押収はいつもの事。そして、これから起こる事も、毎朝の事。

「……おい、柴犬。テメェ、人のもんに手ぇ出してんじゃねぇよ」

 僕に抱きついているやつより、更に後ろからする低い聞き慣れた声に知らず安堵する。

「綴、さん…」
「やぁ、綴くん。まだ『名前』をつけられてもらえない奴が俺のもん、なんて言えんのー?ちなみに、俺の名前は柴犬じゃないですー。『紫』だって何回も言ってるでしょー」
「ぁあ?テメェ…いい加減にしねぇと殺すぞ」

 バチバチと二人の間で火花が散ってるのが見える。
 毎朝毎朝、この二人は飽きないのかな?ため息をつきながら、紫の腕をほどく。さっきから綴さんは紫と口喧嘩をしながらも、僕を抱き締めている腕を睨みつけているからだ。
 コレは後で絶対、噛まれるな。痛いのは嫌なんだけど……。まぁ、いいか。痛いのは嫌いだけど、噛まれた跡は綴さんがつけたものだから。

「俺ってホント、綴くんの事気に食わないっていうか、むかつくっていうかー……マジで真白くんから離れて欲しいー」
「はっ!テメェなんざが口出ししていい話じゃねぇよくたばれっ」

 ヒートアップしてきた二人の口論。段々と周りに人が集まりはじめる。こうやって大勢に囲まれる事も日常的になってきているけど、それでもやっぱり慣れないもので。
 ほとんどの視線は二人に集まっているけど、時折僕のほうにも好奇なソレが向けられる。

「はぁ……」

 好奇な視線はまだ、いい。でも、その中に混じる敵意が面倒臭い。……あの手紙を書いた人も、この中にいるのかな。
 手紙をいれたばかりのカバンを見るけど、そんなことでわかるはずもない。それより、目の前の喧嘩を止めないと。そろそろホームルームが始まるし。

「綴さん」

 口論を続ける綴さんの腕を掴んで、名前を呼ぶ。そうすると綴さんは舌打ちをしながらも口を閉じてくれた。それより、問題はこっちだ。

「あーあー!ずるいっ!真白くん何でいつも綴くんのトコに行くのーっ?!」
「はいはい」

 何で、って言われても。紫のトコに行くと綴さん、よけいに怒るし。それに、綴さんと違って紫は口を閉じてくれないだろ。
 なんて本人には言わない。きっともっとうるさくなるから。

「……綴さん、何してるんですか」
「サボれ」
「ダメです」

 気付けば綴さんが僕の腕を掴んで歩きだそうとしてた。だからホームルーム始まるんですってば!

「柴犬、コイツ一限腹痛でいないから」
「人の話を……」
「俺もいきたいー。真白くんと二人で」
「死ね。つーかシロに触んじゃねぇよ」

 どうやらサボりは決定したらしい。左腕を綴さんに、右腕を紫に捕まれずるずると連行。ちなみにカバンは紫が持ってくれた。

「……二限は数学なんで、絶対に戻りますからね」
「ん、」
「えー、さぼっちゃいなよ!俺と一緒に!」
「死ね」

 綴さんと紫は仲が悪い。
 険悪、というか互いの存在が気に食わないらしい。顔を見るたびに殴りあいにならないまでも、睨み合いや口論になる。それを止めるのが僕の朝のはじまりだ。
 紫が何で綴さんを嫌うのかは知らないけど、綴さんはどうやらクラスメイトっていうこともあり常に僕と行動する事が許せないらしい。それから『名前』。紫は本当の名前ではなくて、僕がつけたあだ名だ。髪が紫だったから『紫』。ただそれだけだ。
 おもちゃを取られまいとする子供のそれと似たようなものだと思う。けど、その独占欲が心地好いと感じはじめたのは、いつからだったか。

「綴さん、」
「あ?」
「やっぱり二限もサボります」
「……ああ」

 いつの間にか繋がれていた左手を、紫に気付かれないように握り返した。


*****


「あれ……?」

 結局二限が終わっても、三限が終わっても教室には行かなかった。さすがにお昼は食堂に移動したけど、食べ終わると誰かに絡まれる前に屋上に戻ったし。紫は途中、用があるからと渋々出ていった。
 そうやって放課後まで過ごした後、寮に戻ろうと屋上のドアに手をかけた時、そこでやっと朝下駄箱に入れられていた手紙の存在を思い出した。
 慌ててカバンを探るけど、手紙が入っていない。

「どうした?」
「……手紙、がないんです」
「手紙?」
「はい」

 下にカバンを置いて、ノートや教科書を取り出してみるけどやっぱり無い。

「いつ、誰にもらったんだ?内容は?」
「朝下駄箱に入ってました。差出人の名前が無かったし中身もまだ読んでなかったので、誰からかも内容もわかりません」

 カバンを探るのを諦め、取り出した教科書類を中へと戻しながら綴さんの次から次へと出てくる質問に答える。
 こういう時、嘘はつかない。ついても仕方ない、というか追及がしつこくなるからだ。だったら本当の事を答えたほうが早いし、綴さんにばれたら、と怯える必要もない。

「何で無いんだろ……」
「……アイツか」
「え?」
「いや、何でもねぇ……。それより今夜もあのバカ共の相手しなきゃなんねぇんだ。とっとと帰るぞ」
「……はい」

 何かしっくりとこないけど、無いものは仕方ない。何か緊急なら直接言ってくるだろうし。重要なら明日も下駄箱に入ってるだろう。

「毎晩ご苦労さま、って感じですよね」
「とっとと諦めろってんだ」
「まったくです」


 表の平和

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