背徳者の願うこと

 不遜な態度で睨み付けてくる銀髪の『狗』と、困ったようにこちらを見る黒髪の『飼い主』。
 まだまだ未熟な二人からの報告……主に黒髪からの事後報告を聞きながら、ゆったりとしたソファーに踏ん反り返る主の様子を伺う。
 穏やかな笑みを浮かべる主。その視線は、まるで己の弟を慈しむように『飼い主』を見る。なんとも言い難い。主のする事、思う事に口を出す事を私は良しとは思わないが、時折滲みだす変質者的な気配に思わず二人を早めに逃がしてやりたくなる。
 しかし、まだ報告が終わっていない状態で私の独断でそのようなことをすれば、後々の私の身と彼らがどうなるかがわからない。こんなに不審者のようなオーラを出す我が主は、これでもこの学園のトップだ。

「……ということで、ほとんどは昨夜と変わりません。ただ、確実に、集まっている人達が増えてきてます」
「……そう。ありがとう真白君。とてもわかりやすかったよ」
「……てめぇがコイツの名前を呼ぶな」

 にこりと笑う主に対して、『狗』が威嚇するような表情を向けるが本人は至って気にしていないらしい。私がいれた紅茶を啜りながら、感慨深そうに銀の彼に笑いかける。

「綴君に独占欲があるとは知らなかった……。うん、成長してきたね」
「うぜぇ」
「そんなに怒るなよ」

 「僕は嬉しいのに」と微かに聞こえた主の言葉と、目の前の光景にため息をつく。どうも主の優しさは彼に伝わりにくいらしい。
 しかし、彼よりも敏感な少年には先程の言葉の裏が理解できたようで苦笑を浮かべている。

「……チッ、シロ、帰るぞ」
「あ、はい。……それじゃ、御影さん、緑青さん」
「また明日ね」
「ああ、」

 強引と言えるだろう力に腕を引かれながらも、挨拶を欠かさない彼に思わず口元が弛むのがわかった。
 銀の『狗』が構いたがるのも理解できる気がする。

「楽しそうだね、緑青」
「……縁のほうが楽しそうに見えるが?」

 差し出されたカップを受け取り、それに紅茶を注いで渡す。

「そうかな?」

 くすりと笑う様子は、とても無邪気に見えるがこの人の言動には幾通りの意味があるので判断し難い。
 何とも答えられずに、彼が座る椅子から一歩離れた。この動作だけで、私が何を言いたいのか伝わるはず。

「緑青、君は考えすぎるのがいけないね。真白君もそうだけど……」

 もうすこし肩の力を抜いてみたらどうだい?なんて事を、主人に言われるとは思わなかった。

「……人の事は言えないだろう?」
「うーん……そうだねぇ」

 事、自分の気に入りの事になると、この人は裏で手を回したり助言を出したりと奮闘する。
 特に先程の『狗』とその『飼い主』は、彼の中では重要な位置にいるらしく、時折楽しそうに彼らの話をする主人は一般生徒そのものだ。普段の彼からはまったく考えられないが。
 だが、だからこそ私はこの不器用な人の横にたっているのかもしれない。

「……明日は二人に、何か土産でも持たせようか」
「……ふふ、そうだね。何かあったかな?」
「確かこの間、理事から巻き上げた高級菓子があったな」
「巻き上げたなんて、人聞きが悪い。貰ったんだよ」

 話をわかりやすく変えた私に返ってきたのは、二人だけの時だけに向けられる柔らかな微笑み。

「……あの二人、自分達の『鎖』に気付くといいな」
「うん。……そうだね」

 『狗』と『飼い主』を繋ぐのは『名前』と『首輪』だけではなく、『鎖』という『封』がある。それに気付く事ができれば、彼らは互いの意味を理解できるはずだ。

「僕達は気付けなかったから……、せめて二人だけでも」

 ――願うのは、彼らのまとめ役としてか、ただの先輩としてか。それとも……


 背徳者の願うこと

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