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「あ、あの……す、すみません!」

 慌てて隠れていた木から離れて頭を下げる。リズに見つからないようにしていた俺は、どう見ても不審者にしか見えない。
 どう説明をすればいいかがわからないまま、視界の先に立つ女性を見つめる。
 遠目に見るより、近くで見る方が相手の姿がよく見えた。黒い髪に赤い瞳。瞳よりも深い、紅い色をしたドレス。誰がどう見ても美人だと言えるだろう。

「貴方……、もしかして、噂の方かしら?」
「う、うわさ、ですか?」

 きゅ、と眉を寄せたまま女性が視線を上から下へ移動させる。何か凶器でも持っていると思われたのかもしれない。そう思って口を開いた瞬間、彼女の方が先に首を傾げた。
 けれど、それは俺には良くわからないことで。反応に困っておろおろとしていると、クスリと笑い声が聞こえた。

「違うわね。貴方、どう見ても普通だもの」
「……ふ、普通……」

 確かにそうだけども。反論の仕様がない言葉に肩を落とすけど、意味の分からない乏しは何と比較した結果なのだろう。

「貴方はここの使用人?……でも、服は上等のものね。どこかからのお客様かしら?」
「あ、えと。……お客、だと思います。……多分」

 いまいち自分の立場が曖昧で、はっきりとしたものでないのは理解しているが多分きっとコレで正解だと思う。使用人っていうのはこの人に否定されてしまったし、何より花の世話くらいしか仕事をしていないから。
 それなら、まだ客の方が現実実があるような無いような。

「そんなに構えなくてもいいのよ。あの方のお客様なら私に取ってもある意味ではお客様なのだから」
「え?」
「後で紹介されると思うけれど、私はアデル・トラヴィスタ。リーズヴァルト様とは婚約関係を結ぶことになっているの」
「婚約……?」

 誰と?どういう事?頭の中が白くなる。
 思わず感情のままに詰め寄ろうとして、だけど一歩足を踏み出した瞬間に後ろから腕を取られた。そのまま引っ張られて暖かい腕の中。
 その腕の持ち主は確認しなくてもわかる。彼女との話に出ていた当の本人。

「リズ」
「うん。冷えてしまってるね。暖めないと風邪を引いてしまうよ」

 いつもの笑顔だけど、少し心配そうに綺麗な目が揺らいでる。いつもならすぐに抱きついてしまうけれど、でも、俺の心の中はぐちゃぐちゃで、今はそれどころじゃなくて。

「そ、れより」
「大丈夫。……アデル。その件は先程お断りしたでしょう?」
「でも、貴方は断れないはずだわ。お父様たってのご希望だもの」

 安心させるように笑うリズの前で、まるで当然と言ったように笑みを浮かべる彼女は、傲慢さを含んだ、けれど人の目を引きつめる。赤薔薇のような色を纏ったアデルさんは、夜の庭園にとても映えていて、どう考えても自分以上の人間だ。リズの横にいて相応しいのは彼女ではないかと、そんな考えが頭の片隅を過った。
 二人の会話に口が出せるわけでなく、ただ縋るようにリズの服の裾を握った。袖を握った俺に気が付いたのか、手元を見ると訝しそうな視線がリズとの間に動く。
 そうして一度だけ目を瞑ると、先程までのどうでもいい人間に注がれるようなものではなく、はっきりとした敵意を含んだ目が向けられた。

「っ、」
「ところで、その子はお客様だと伺ったけれど……違ったのかしら?」
「ええ、彼はとても大切なお客様でしたよ」
「あら、”でした”なの?」
「本当は夕食の際に紹介をしようと思っていたんですが、何分、この子は謙虚なもので」
「……そう、じゃあ今、紹介して貰おうかしら?」

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