緩やかに穏やかに、

 ある日の朝。いつものように暖かい腕に抱かれたまま目を覚ました。隣で眠るリズはまだ起きそうにない。すぅすぅと寝息をたてる恋人を少し眺めてから擦り寄って、もう一度眠ろうとした。けど、何かいつもとは違う微かな違和感。
 すぐ隣にいるリズの心音が、昨日よりも良く聞こえる。柔らかく甘やかな薫りが、昨日よりも僅かだが強く感じる。

「…………アレ?」


 三種類の視線が俺に突き刺さる。一つはどこか楽しそうなもの、一つは心配そうなもの。最後の一つは心配気にしながらも、ふよふよと動くものを目で追っている。

「それで、この状態は明日の朝になったら終わるんだね?」
「ええ、そのはずです。……そうよね?」
「うんうん。『猫化の薬』はだいたい一日の効果なんだよね」

 朝から響いた俺の叫びに隣にいたリズはもちろん起きてしまい、警護の為に近くにいたエリシャさんが何事かとドアを壊す勢いで入ってきた。
 二人は『頭に耳、尻尾が生えた』俺の姿を見て同じタイミングで、でもそれぞれ違う反応で驚いた。

「それにしても、ジンくん。いつそんな薬を飲んだの?」
「わ、わからない」

 いち早く立ち直ったリズに呼ばれたクラルさんによって、今起こってる自体の理由は解明された。どうやら耳や尻尾の生える薬を飲んでしまったらしい。
 でもまだ俺が、『いつ、どこで、誰に』その薬を飲まされたか、がわかっていなかった。

「この薬の効果は服用してから二日程度で現れるから、摂取した日がわかりずらいんだよねぇ」
「その間に取ったお食事、お菓子、飲まれたお水などを調べた方がよさそうですね」
「そうだね。頼むよ」

 頭の上で交わされるやりとりに、当事者のはずな俺は余計なことを言う訳にもいかずおろおろとするだけ。大人しくベッドに座ったまま会話が終わるのを待っていると、リズがぽんぽんと頭を撫でてきた。
 つられるように見上げると柔らかい笑顔が向けられていて、思わず触れている大きな手に擦りよる。そうすると頭に生えた耳の付け根あたりを指先でうりうりとされた。
 それが気持ちよくてゴロゴロと喉が鳴り、ぺしぺしと軽い音をたてながら尻尾が動く。

「……エリシャ、クラル」
「――何かわかりましたらご報告します」
「ジン君、また後でね」

 リズが二人の名前を呼ぶと、エリシャさんは苦笑を浮かべて優雅に礼をし、クラルさんは少しにやついた表情で手を振って揃って部屋から出ていった。
 途端に静かになった室内に淋しさを感じながらも、やっとリズに甘えられると横にいる自分よりもしっかりとした身体に抱きつく。

[←前へ 戻る 次へ→]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -