2

「別れよう」

 そう伝えたのは、俺のほうだったのに。


「なぁなぁ、雅久!早くしろよ!」
「あ、ああ。すぐ行くよ」

 彼に疲れた様子を見せるわけにはいかない。気を張って彼、千鶴に笑顔を見せる。手招きする彼のところへ向かおうとして、腕を掴まれた。

「原塚」
「あれ、勇斗。どうかしたの?」

 違和感。あれ、勇斗って原塚って呼んでたっけ?
 思い出せなくて、とりあえず笑ってみる。

「……あんた、いつからそんなに情けない面になったわけ?」
「は?何いって「雅久!まだか!?」あ、今行くよ」
「……ちっ、あのマリモヅラが。いいか、よく考えろ。千里はあんたにそんな面させたこと、なかったぜ」

 勇斗は千鶴を見ると、鋭く舌打ちをして掴んでいた手を離して背を向けて止める間もなく、廊下の向こうへ消えていった。
 今のは、どういう意味なんだ?

「雅久!どうしたんだよ!?何か言われたのか!?」
「いや、違うよ。ただの連絡」
「そっか!なら早く行こうぜ!皆が待ってるからな!!」
「うん」

 元気過ぎる声が微妙に煩わしい。少しだけ、いらりと来た。あれ、おかしいな。俺は彼がスキなはずなのに。


 最近の俺はおかしい。俺は千鶴に会って、内面を見てくれる彼に感動した。引かれた。スキになった。だから、あの日千里を振った。
 なのに、自分から千里を離したのに。ここ一週間、夜になると千鶴ではなく千里の事を考えてしまう。今何をしてるのか、考えているのか。元気にしているのか。そんな事を考えていると、気付けば朝になる。
 だから一週間、ろくに寝ていない状態。それが苦しくて仕方なくて、でも千鶴より千里の事を考えると温かい気持ちになる。
 おかしい。おかしい。なんでだろう。俺はどうしたんだろう?


 勇斗と会った次の日、俺は授業中に倒れた。寝不足と過労らしい。
 保険医に言われて、ベッドで眠らせてもらえることになった。けど、やっぱり頭の中は千里の事だけで。あんなに夢中になっていた千鶴の事は欠けらも出てこなかった。

「過労と寝不足みたいだよ。今、やっと寝てくれたから、起きたら寮に連れて帰ってあげてね」
「え?すみません僕は……」

 息を潜めるように寝入る真似をしていると、優しい、でも戸惑いのある声が聞こえた。

――今の声は、千里?

 少しだけ自信がなくて気配を伺っていると、しばらくしてカーテンの開く音。慌てて目を閉じる。

「……雅久」

 俺の名前を呼ぶ、千里の声に胸が高鳴った。
 誰かに聞いて様子を見に来てくれたのか?それとも……。
 考えているうちに、千里はベッドの横にあった椅子に座ったらしい。深呼吸の音が近くに聞こえた。緊張を溶こうとしているらしい。

「えっと、……はは。何を言えばいいかわかんないや。ええと、あのね、僕、雅久に振られた日に、夕陽を見せたかったんだ。写真に撮ってて……あ、寝てるから見せられないね。
喜んでくれると思ったんだ。前に雪景色を撮った時、綺麗だって笑ってくれたから」

 そう、だったのか。あの日、俺のために……それなのに、俺は何も考えずただ自分の感情に流されて千里に別れを切り出してしまった。
 自分の千里への仕打ちに、自己嫌悪で胸が痛くなる。

「ごめんね、僕、こんなだからさ。我慢して付き合ってくれてたんだよね。……振られた時にさ、スキになった人は外見じゃなくて、中身を見てくれるって言ってた。ごめんね?僕、雅久の事、ちゃんとわかってあげてなかったんだよね。何もしてあげられなくて、迷惑、までかけて」

 違う。違うよ。千里は悪くない。迷惑なんて!
 知ってる、俺のためにって慣れない料理を頑張ってくれた事。勉強の疲れが取れるようにって、お茶やお菓子を部屋に用意してくれた事。
 俺のために色々してくれていた。俺を受け入れてくれて、隣で笑っていてくれた。なのに、そんなオマエに俺は……。
 目をあけて抱き締めたくても、勇気が出ない。あんなふうに振ってしまった俺を、千里は許してくれるのか?怖くて怖くて目が開けられない、手を伸ばすことさえできない。

「……今までありがとう。大好きだったよ」

 そんな情けない俺に気付かず、千里はある言葉を言う為にゆっくりと紡いでいく。
 待った。待って千里。頼むから、千里!
 あるだけの勇気を振り絞って目をあけると、悲しそうに笑みを浮かべた千里。衝動にかられるまま手を伸ばして抱き寄せて、驚きに目を丸くした彼の唇にそっと口付けた。


 ――ごめん、本当はずっとわかってた。千里を世界一あいしてるよ。


「だから、もう一度スキって言って?」
「……っ」


 千里の唇が紡いだ言葉に、俺は救われた。

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