もう一度スキって言って

 あの日は夕焼けが綺麗で、それを見せたくて携帯で写真を撮った。喜んでくれるかな?同じように綺麗だって思ってくれるかな?うきうきしながら僕は、彼が迎えに来るのを待っていた。
 しばらくして迎えにきた彼は、どこか嬉しそうで。嬉しいことがあったのかな、と僕も少し嬉しくなった。だけど、彼が言ったのは、僕が思ってもいなかった言葉だった。


『ごめん、別に好きな奴ができたんだ。……別れてくれないか?』

 ――え?

『アイツは俺のことを、外見じゃなくて中身で見てくれるんだ』

 ――何を言ってるの?


 わけがわからなくて、呆然としていると彼はそのまま振り返る事なく教室から出ていった。


 その日から、僕は少しおかしくなってしまったんだと思う。普通に生活はしていたけど、何を聞いても何を見ても何かを感じることはなかった。ただ、苦しいとだけしか思わなくなってしまった。
 彼が、季節外れの転校生にアプローチをかけている、そんな事を聞いた時でさえ、「そうなんだ」としか。

「千里、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫だよ。勇斗、心配かけてごめんね」
「……千里」

 友達に心配をかけてる。一ヶ月も経ってるのにふっきれる事が出来ていない僕は、かなり迷惑をかけているだろう。
 わかっているけれど、二年も育ててきた想いだ。一週間や一ヶ月なんかで消えるようなものじゃない。


「千里!」
「どうかしたの?」

 ぼんやりと教室で外を眺めていると、勇斗が慌てて教室へ駆け込んできた。

「急げ!保健室!!」
「え、何?」
「いいから!」

 訳が分からないまま引きずられていったのは保健室で。促されるまま中に入ると、保健室の先生がいた。

「えっと……」
「過労と寝不足みたいだよ。今、やっと寝てくれたから、起きたら寮に連れて帰ってあげてね」
「え?すみません僕は……」

 連れてこられただけで、言い終わる前に先生は保健室から出ていった。

 ――どうしよう。

 とりあえず、眠ってる人が起きたら帰っていいんだよね?
 一つだけ閉まっているカーテンのベッドへ近付くと、起こさないようにカーテンを開ける。

「……あ」

 ソコで眠っていたのは、焦がれて恋しくてしかたなかった彼、だった。

「……雅久」

 茶色のさらさらとした髪。今は隠れてるけど、カラコンで青くした切れ長の瞳。形の良い唇から紡がれる甘い声。薄れていた記憶から思い出せば、誘われるように枕元へ足を運ぶ。少し苦しそうに歪められた表情に胸が痛んだ。
 そういえば、先生が過労と寝不足だって言ってた。大丈夫かな?どうかしたのかな?……僕が心配しても仕方、ないか。恋人でも友達でもない僕には、関係ないんだもん。

「……」

 そう言えば、僕はまだ彼にお別れも言ってなかった。ちゃんと言わないから、きっと蹴がつけられないんだよね。
 椅子に座って、大きく息を吸って、吐く。どきどきと緊張で高鳴る胸に手を当てる。真っ直ぐに雅久を見つめた。
 コレが多分、最後だから。

「えっと、……はは。何を言えばいいかわかんないや。ええと、あのね、僕、雅久に振られた日に、夕陽を見せたかったんだ。写真に撮ってて……あ、寝てるから見せられないね」

 喜んでくれると思ったんだ。前に雪景色を撮った時、綺麗だって笑ってくれたから。
 目元がじん、と熱くなるけど腕で擦って我慢する。だって、お別れぐらい、泣かないで言いたい。

「ごめんね、僕、こんなだからさ。我慢して付き合ってくれてたんだよね。……振られた時にさ、スキになった人は外見じゃなくて、中身を見てくれるって言ってた。ごめんね?僕、雅久の事、ちゃんとわかってあげてなかったんだよね。何もしてあげられなくて、迷惑、までかけて」

 ごめんなさい。それから、今までありがとうございました。


「……大好き、でした」


――さようなら。

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