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けれど、ソイツ的には初対面の相手に踏み込まれたくないだろうというのは検討がつく。だから顔色が悪い、とだけ口にした。
「……アンタには関係ないだろ」
表情を歪めて吐き捨てた瞬間に瞳に影がうつって、消えてしまいそうだと思った。勝手に体が動いてソイツの腕を掴む。
「ちょ、何?」
困惑した声音を無視して、いつもソイツがいた場所に視線をやる。
「……そこから」
「?」
「そこから、よく校庭見てただろ。凄く嬉しそうな顔をして」
「は?な、んで……」
真正面から見たわけではないけど、きっと嬉しそうな顔で校庭を見ていただろうことは予想がつく。そして、ソレを眺めていた俺がいたことに気付いていなかったことも。
ずきり、と胸が針を刺したように痛くなる。その痛さの意味がわからず、視線をソイツに戻すと。
「――……、」
ぽたり、と水が落ちた静かな音に無意識に、ソイツを胸に抱いた。
抵抗はなくて、そのままソイツは俺の胸に顔を押しつけて泣いた。震える肩を抱いたまま背中をゆっくりと撫でると、ぴくりと反応した後におずおずとした動作で背に腕が回る。
しばらくそうしていると、ソイツは泣き腫らした顔をあげて俺を不思議そうに見上げた。
「……なぁ。なんで優しくしてくれるんだ?」
少し擦れた声に、うまく頭が回らずソイツを抱き締めたままただ一言をつぶやいた。
「お前が、好きだからだ」
そう言うと、ソイツは驚いたように目を丸くした後「物好きな奴」と笑った。
「お前が、好きだからだ」
そう言い切った奴は、当然のことをいったようにどこか堂々としていて。告白もできずに泣いた俺とはおお違い。
不良な見た目に反して、俺が好きだからと優しくしてくる態度に「物好きな奴」とだけ返す。存分に泣いたからか、さっきまでの陰欝な気分はどこか晴れていて、笑うことができたのがわかった。
「……俺、好きな人がいるんだけど」
「知ってる。いつも見てたから」
「振られたっていうか、失恋したばっかなんだ」
「……そうみたいだな」
何となく察しがついていたらしい。言いにくそうに頷く奴に、また笑いがこみあげる。
「だからさ、俺、今めちゃくちゃ誰かにそばにいて欲しいんだ」
「……そうか」
「あんた、一緒にいてくれる?」
「ああ」
逃げ場所が欲しい、とそんな意味がわかっているのかいないのか。深く頷いてくれるのを確認してから、ぎゅうと抱きつくと抱き締めかえしてくれる。腕の中は暖かくて優しくて胸がふんわりとした。
――もしかしたら、俺は優しいこの人を好きになっていってるのかもしれない。
(じゃあ自己紹介だ。俺は井上空。あんたは?)(神谷だ。神谷蒼)(あお、よろしくな)(……ああ)
end