▼ Sweet Perfume
朝の満員電車の中。ガタンガタンと揺れに合わせて、自分の体も前後左右に動く。手摺りに掴まった状態だからまだマシだけど、それでもこの密集具合は居心地が悪い。
「……」
(気持ち悪い、な……)
貧血か風邪をひいたのか。さっきから、徐々に顔から血の気が下がっていくのがわかる。つう、と冷や汗が額を伝っていく。
(……次、で降りよう)
学校に遅れてしまうけど、後四駅もある。最悪、電車内で吐いてしまいそうだった。
必死に手摺に掴まって、段々と強くなっていく不快な気持ち悪さに耐える。
「っ、はぁ……」
しかし、段々と足元がゆらゆらと定まらなくなって、少しずつ目の前が霞んできてしまう。
(後少しなのに……)
そう心のなかで呟いたと同時に、手摺から手が外れて体が傾いた。倒れていく体はどうすることもできず、真っ暗になった意識のなかで感じたのは背中に触れた自分のものとは違う体温。
「オイ、大丈夫か?」
低く囁かれた言葉が頭の中で反響し、ただタバコと香水の甘い香りが俺を包んだのが頭の片隅でわかった。
暖かいものに包まれている感覚と、甘い匂いが鼻をくすぐる。誘われるように意識が浮上して、目を開けるとすぐ目の前に肌色。ぼんやりとした意識の中、まるで誰かに抱き締められているような暖かさに頬を寄せる。
すると一瞬、びくりと揺れて。不思議に思って顔を上げると、金髪の見知らぬ男の人が困ったような表情をしていた。しばらくぽかんとしたままその人を見上げていたけど、寝起きの霞んでいた頭の中が徐々に晴れてきてようやく現状を理解する。
「……ええと、何で俺は貴方に抱きついてるんでしょうか?」
「……寝惚けてたからじゃないか?」
「そうですか。……すみません」
「いや、いい」
ベッドの上で、何故か抱きついていた状態。その状態からのそのそと動いて、背中に回していた腕を解く。そうすると彼も俺の体を抱き締めていた腕を離した。
暖かさが離れていくことを名残惜しく思ったけど、今抱きついていた相手はれっきとした男だ。そして俺も男なわけで、名残惜しく思ったことがなんとなく気まずい。
「顔色、良くなったな」
「え?あ、はい。すみません。俺、電車で……」
確か学校に行く途中、意識を手放してしまったのだ。最後に聞こえたのはこの人の声だったんだろう。何となくだけど聞き覚えがある。
「あ」