他人事のように

 あの頃の僕は、ただ一人の人のことだけを信じていた。周りが、両親さえも双子の兄のことを溺愛する中、彼だけが僕を見てくれている。選んでくれたと信じていた。
 キスの合間の愛のささやきも、優しく体を包むぬくもりも、すべて僕のためだけにあると。そんなバカなことを考えていた。

 ――そんな夢みたいなことが、あるはずもなかったのに。

 ある日の放課後に見た光景は、疑いようもない彼の裏切りであり、僕と彼の別れを決定的にする瞬間だった。
 迎えに行った先の、彼と兄がいる教室。僕は何も考えずに教室のドアを開けようとしたけれど、中から聞こえてきた声に手を止めてしまった。深く考えずに、普段どんな話をしているのか気になって好奇心でドアに耳を当てると。


『――――ッ』
『……――――』


 ぴたりと、鼓動が停止した気がした。
 僕はその日に幼稚舎から通っていた学園を辞めて、叔父に頼み込んで海外の学園へと転向手続きをしてもらった。両親は僕を罵り、「もう家の子ではない」とまで言われたけれど大して感慨も浮かばずに、僕は去った。兄にも彼にさえも何も告げずに。


* * * * *



 あれから月日は経ち、叔父に日本へ戻ってみないかと連絡がきた。乗り気でなかった僕は、こちらに来てからトモダチになったウィルに背を押される形で日本へと戻ることにした。彼と幾つかの約束をして。

「わぁ……、全然変わってないねぇ」

 見あげる、懐かしくも切なさや寂しさしか思い出にない学園に、ため息をつく。
 高校生になり、大分背が伸びて顔つきも変わった僕は、見た目が中学の時とはまったく違う。きっとすれ違ったくらいではわからないだろう。
 黒い髪はウィルと同色の金、目は勧められてつけた名前と同じ碧のカラコン。じゃらりとついたピアスに、あえて変えた緩い口調。叔父に見せられた兄とは似ても似つかない姿になった僕に、気づく人はいるのだろうか。


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