彼は甘く口付けて

 僕がこの世で嫌いなものは騒々しいこと。図書館などの静かな場所が好き。
 だから、はっきり言ってこのうるさい食堂から立ち去りたい。立ち去りたいが、離れられないのには理由がある。
 騒ぎの中心の、斜め後ろで顔を青ざめさせてぶるぶる震える馬鹿のせいだ。

「さっちー、助けてあげないの?」
「うるさい」
「だぁめだよ、そーちゃん。さっちーは今、愛しの君と我慢比べしてんの」
「マジで?さっちーが我慢くらべとかめっさわらえるわー」

 両隣から聞こえる緩い会話を無視して、先程から繰り返されている茶番劇を眺める。
 事の発端は、一週間前に転校してきたチビのせいだ。奴は転校から約一週間で生徒会、風紀などのこの学園で上位をしめるアホ共を落としていった。
 その結果、生徒会と風紀でバトルは便乗する奴やら制裁に乗り出す親衛隊エトセトラが出てきた。はっきり言って、僕はココまでに挙げてきた奴等は本気でどうでもいい。
 許しがたいのは、あの転校生は睦月を巻き込んだ事だ。一日中連れ回されてる事と、顔、家柄が普通の為に転校生に上せてる馬鹿共と親衛隊の餌食になってしまった。

「……死ねばいいのに」
「ははっ、誰がー?」
「さっちー、声に出てるワロス!」
「決まってるだろ」

 ――あの救えない、むしろ救うのも面倒な馬鹿共の事だよ。

 怒りの矛先を丁寧に教えてやる。するとケラケラと笑い声をたてて、左右にいた双子は僕の手を両側から掴む。

「「きっとそろそろだよ、さっちー」」
「ああ、わかってる」

 昨日の電話の様子から、多分今日あたりが限界だろう。まぁ、だからこそ僕は部屋から出てきたのだけど。睦月の為以外には、部屋から出ようと思わないしね。

「さっちー」
「ほら、見て」

 促されて睦月へ視線を向けると、小さく、本当に小さく唇が動いた。


『たすけて』


「うん、わかった」

 声のない言葉に応えて、足を進める。双子がついて来るのは放っておいて、睦月の元へ向かう。

 ――さて、睦月を弄って泣かせてくれた恨み。どうやって晴らしてやろうか?

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