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「妃様、どうしたら倉末様は僕を見てくださるんでしょうか?なんでもします。お金はいくらでも用意しますから、倉末様が少しでも僕の存在を気に掛けるように……!」
「……悪いけど、そういう呪い関係は僕の専門外だよ。他にあたりな」
「だ、だって、妃様はあの妃菖蒲の……」
「その名前、出さないでくれる?不愉快」

 どういう雰囲気なのかいまいちわからない。家族か何かの話?
 第二校舎の裏庭。人があんまり来ない場所に、同室者を見つけた。茶色の髪と蜂蜜色の髪のちびっ子二人と、でかいの三人と一緒に。それをこそこそと死角から覗いているわけだけど。
 あんまりよくない雰囲気だなぁ。

「力ずくでやらせればいいんじゃね?」
「でも……」
「……力ずくだろうがなんだろうが、無理なものは無理だと言ってるだろう。何回も言わせるな」

 ごついのは本当に頭まで筋肉?ちまいのは微妙そうだけど。にしても、めちゃくちゃ面倒臭そうだなぁ、妃。そんなんじゃ煽ってるも同然だよ。

「生意気な口、きいてんじゃねーぞっ!」
「ま、待って!妃様には……」

 ほらな。すぐに熱くなる。だから血気盛んな筋肉馬鹿は嫌いなんだよ。
それに、俺は綺麗な子と可愛い子の顔に傷がつくのは嫌なんだよね。
 裏を返せば、筋肉馬鹿が怪我しようがどうなろうが知ったこっちゃない。

「ぐっ!」
「がっ!?」
「ぎゃっ!」

悲鳴も可愛くないし。

 筋肉馬鹿一号が腕を振り上げた瞬間、隠れていた壁から飛び出して手前にいた二号の腹に膝蹴りをいれ、それに一号が気をとられた隙に左からの回し蹴り。
 最後に動きを止めた三号の腹に一発。腹を押さえ屈んだ際にうなじに手刀。うし、綺麗に入った。

「……いが、らし?」

 地面に伏した三人を見下ろして、気絶してるのを確認する。
 それから、後ろから聞こえた声をスルーしてちまいのに近付くと、二人してびくりと体を震わせた。泣きそうな二人に少し困ったけど、まぁいきなり出てきた奴がごついのをのしたらそりゃ怯えたくなるよね、仕方ない。
 なるべく脅かさないようにゆっくりと手を近付けて、そのさらりとした髪に触れる。指が触れる瞬間にぎゅううと力強く目を瞑られたけど、軽く撫でれば不思議そうに見上げてきた。

「……妃を怪我させたくてこの馬鹿三人をつれてきたんじゃなくて、威圧感を出すためだけにつれてきたんだよね?」

 証拠に、さっき一号が手を出そうとしたときちまいのが制止しようとしたし。俺の言葉に茶色の髪の子がこくりと頷く。ちまちました動作が可愛い。そんな事考えてる場合じゃないけど。

「僕達だけじゃ、きっと願いをきいてくれないと思って……」
「でも!決して妃様を傷付けようなんて考えを持ってたわけじゃないんです!!」
「だってよ?」

 お互いの手を握り合いながら、必死の様子で二人が言うと俺は振り返って妃を見る。すると妃は深いため息をついた後、こちらへ近寄ってきた。
 同時にじりじりと下がりはじめたちまいのに苦笑するけど、仕方ない。筋肉馬鹿達の筋肉思考のせいとはいえ、危うく怪我をさせるところだった相手。
 しかもそれが無表情を張りつけた妃となると、本能的に逃げ出したくもなるというものだ。

「悪いが、……母とは違う。僕が出来るのは、アドバイスと話を聞くことだけだ。力になれなくてすまない」

 まさかの妃。謝ったよ。
 でもまぁ、この場を納めるにはそのほうが早いんだよな。少し偉そうだけど。
 でも、それに対してちまいのがわたわたとしはじめる。

「妃様が謝る事ではないです!ね!?」
「う、うん!そうです!僕達こそ、申し訳ありませんでした!」

 身を乗り出してまで言うちまいのに癒されていると、妃がこっちに視線を向けてきた。黒い瞳が眼鏡越しに俺を見るのはどのくらいぶりかな。
 ひら、と手を振ると妃が足元を指差した。

「五十嵐、そいつらはどうするんだ?」
「この筋肉馬鹿の事?」

 いい感じに伸びている三人かと首を傾げると、こくりと頷く。

「あー、どーするか……風紀に渡してもいいけど、そしたらそこのちびっ子たちも持ってかれるしなー」

 未遂で想定外の事とはいえ、妃を囲んだのは事実だ。良くて休学、悪くて退学か。
 自分達の置かれている状況をきちんと理解しているのか、蜂蜜色の子が茶色の子をぎゅうと抱き締め不安そうに俺たちを見ている。

「それ以外には?」
「……あー、まぁ後は個人対応?二度とやらないようにしつけすんの」
「しつけ?」
「そ。しつけ」

 あまり耳にいれて楽しい事ではないので、曖昧にぼかす。しつけというと動物や小さな子供に対して行うものではなく、もう少しレベル上の……いわゆる大人的しつけのこと。

「どーする?」
「どうする、と言われてもな。僕自身、あまり気にしていないから……できればその二人は帰らせてやりたい」
「了解」

 大人的しつけ、決定。
 そんなわけで二人の名前とクラスを聞いて帰らせた。妃については帰れば?と促したけど、最後まで見るというので少し離れた木の下に待機させた。

「さぁて、と。はじめますか……」

 まずは妃に手をあげようとした筋肉馬鹿一号からだ。ほっぺたを叩いて起こす。

「んー……ん、なっ!?」
「はい、おはよう」

 一気に顔を青くさせた一号に、笑みを投げる。悲鳴が響いたのはその数分後。

これが俺と妃の始まり。


(五十嵐……あれは少しむごくないか?)(気にしない気にしなーい)


end

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