知らない幸せ

 カタカタカタ。広い部屋の中、パソコンの鳴る音は一つだけ。つい二週間前は、キーボードを叩く音だけではなく笑い声や、書類を処理するペンの音。たくさんの音が溢れていたその部屋に、今はただ一つの音しかしない。

『ねー。ここどうすんのぉ?』
『はっ、てめぇで考えろ』
『会計は頭わるーい』
『会計はダメダメさーん』
『うるさいよぉ、バカ双子ぉ!』
『仕様がないね。ほら、貸して。ああ、知己うるさくてごめんね?』
『……ん』

 そんな会話が懐かしい。このやりとりの後、副会長はあの子を迎えに行った。そして、副会長、会長、会計に双子があの子を好きになって……。気付けば生徒会室にいるのは、俺一人だけになってしまった。
 親衛隊や先生に手伝って貰ってなんとかギリギリを保っているけど、そろそろ限界かもしれない。
 大量の仕事を処理し続けるために長時間酷使した手は痺れて思うように動かないし、色々と詰め込んだ頭はぼんやりとしてる。間違いを出すわけにはいかないから再三確認して提出。

「……はぁ」

 ため息が、無意識に出てしまう。
 でも、まだ大丈夫。俺は一人になったわけではない。あの場所に帰れば。思うだけで気分が休まる存在を頭に思い浮かべながら、それだけを胸に手を動かした。


* * * * *



 部屋の鍵をあけると、ドアが自動的に動いた。そのまま強く腕を引かれて部屋に引き込まれる。

「っ、」
「知己」

 低く囁かれて、迷わず自分よりも小さな背中に腕を回した。覗き込むように背を屈めて腕の中の相手に笑みを向けると、照れたように胸に顔を擦り付けられる。ぐりぐりと額を擦り付けてくる様はかわいい。

「ただ、いま」
「おかえり、知己」

 見上げて来る彼に、額へ口付ける。

「今日も、アイツ等は仕事、しなかったのか?」
「……」

 じ、と見あげてくる真摯な視線に眉を寄せる。どう答えていいかわからない。彼の頬に手を添えながら、どう返事をしようかと迷っていると、ぴりりと指先に痛みが走った。ハッと意識を向けるとがぶがぶと指を噛む彼。

「むかつく。知己のきれいな手がボロボロ」
「……でも、きっと、気付いてくれる」

 きっと、その内に気付く。彼に見ているのは、ただの願望でしかないことを。あの人達は少し変だけど愚かではないから。

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