*day_another_Tempo Primo*


来世で、逢いましょう──



 時は幕末──。

 天人の支配から逃れることが出来ずに、攘夷運動の再活発化が進んでいた頃。
 えいりあんはんたーとしての仕事を一時封印してまで、神楽は恋人である総悟の身を案じ、江戸の街に留まり続けていた。
 その総悟の方は、度重なる運動鎮圧の任で流石に体力が限界近くまで落ちてしまっていた。彼の率いる隊が斬り込み部隊と称され、隊長である総悟自らの能力を考えれば当然の働きではあったのだが。──それにしても、度を過ぎる攘夷派の動きに手を焼いていたのは致し方のないこと。

「総悟は何処アルか!?」
「なっ……チャイナ娘!? てめー、どっから入ってきやがった!」
「そんなんどうだっていいネ! いいから総悟の居場所教えろヨ」

 屯所の副長室を急襲した人物──それが部下であり、一応は可愛い弟分であるはずの男の恋人であることを知り、土方は頭を抱える。

「ったく、門番は一体何してやがんだ? 大体、総悟の居場所訊いてどうするつもりなんだよ」
「そんなの決まってんダロ。そこに行くから訊いてんじゃねーかヨ!」
「……ですよねー」

 大方の予想はついていた。最近の総悟の疲弊ぶりは、局長である近藤が心配するまでもなく目で見て明らかで。その状態に、半同棲しているらしい恋人の神楽が気づかぬはずもない。何度か人使いが荒すぎだと怒鳴り込まれたこともあるくらいだったのだ。当の総悟の方は意外にも任務に不満を漏らすでもなく忠実に従っていて、逆に気味が悪いと土方が思うほど。

「どうせ俺が喋らねーなら、他の隊員(ザキとか)とっ捕まえて無理矢理訊き出す気だろ。それはそれで怪我人が増えるだけだから教えるが──」



 神楽が総悟の元へ急ぐのは、土方の予想以外に更に深刻な問題があったからなのだ。
 ここのところ、総悟がよく咳き込んでいる姿を目にしていることに気づいた神楽は総悟にそれとなく尋ねてみた。そこで返ってきたのは、疲れてるから風邪気味だという、ありきたりな言葉。だが、それにしては回数も多く、食欲も落ちているようで。ただの風邪ではない"何か"の気配を女の勘で感じ取った。
 その勘は、果たして正しかったらしく。今朝、クローゼットの奥に隠すように仕舞われた──ベットリと血の付いた隊服のシャツとスカーフを発見したのだ。その血は、返り血などではない。明らかに総悟自身が吐血した跡。真っ先に、結核で命を落とした彼の最愛の姉のことに思い至る。

「総悟がいくら強いからって……無敵だって、強がってたって……病気に勝てる訳ないアル! あのアホッ」

 総悟の姉、ミツバの最期を神楽は知らない。つき合うようになってしばらくしてから、簡単に聴いただけだ。だが、神楽の脳裏には、不治の病で長らく床に伏せっていた母の姿がチラついて離れない。

「力ずくでも医者の前に突き出してやんなきゃダメアル! あのアホは黙ってたら隠したまま悪化させちゃうネ……」

 土方から訊き出した総悟の任務先へ急ぎながら、神楽は愛用の傘を握り締める。あんな身体でこれ以上無理はさせられない。そうして、自らの命を大事にしようとしない男に説教をかましてやる気十分で、更に走る。向かう先は、ターミナル。テロ予告が出されて、偵察の意味も含めて一番隊が向かったようだが──。

 目の前で、爆発が起きる。炎が上がり、煙が立ち上り、あちこちで人々の悲鳴。
 ターミナルから飛び出してくる人の波に逆らい、神楽は混乱状態の建物に躊躇うことなく駆け込んでいった。

「総悟ーっ!!」

 視界に真撰組の隊服を捉え走り寄るも、負傷したらしい一番隊の隊士が倒れていただけだった。

「あなたは……隊長の、」
「大丈夫アルか!?」
「はいっ。すみません……一般客を庇って負傷してしまいまして、不甲斐ないですっ。それより! 隊長がまだ他に爆弾が仕掛けられてるかもしれないからって、管制塔の方へ走っていってしまって!!」
「あんのアホ! やっぱりムチャしてるアルナ!!」

 傍を走る人を捕まえて隊士を任せると、神楽も総悟の後を追って管制塔へ再び駆け出す。

「二重の意味で助けなきゃなんないネ。世話の焼けるアホ彼氏持つと命がいくつあっても足んないアルナ」


 一方、総悟はといえば。

「くそっ……こんな時に発作かよ、情けねェ」

 激しく咳き込んだ挙げ句の、いつも以上の喀血。これでもかなり耐えた方だった。そのせいもあったのか、貧血気味になる程の出血量で暫くは動けそうにない。
 総悟は握り締めていた愛刀を鞘に戻し、力無く近くの壁にもたれかかる。だが、深呼吸を繰り返し、乱れた呼吸を整えるうちに幾らか足が動きそうだと、大きく一歩を踏み出した。

「さーて。そこに隠れてんのは分かってんだ。観念して出て来やがれィ」

 居合いの剣圧で、正面の扉が両断され。銃を震えた手で構える、気の弱そうな男が現れた。

「ひ、ヒィッ……! こ、来ないでくれっ!」
「だったら、その物騒な爆弾をこっちに寄越せ。もちろんスイッチは解除した上でなァ」

 男はガチャガチャと手元の物体を弄り始めたかと思うと、総悟に解除したと思われるその爆弾を手渡す。

「よし、これでもう新しい爆発は起きねェんだな?」
「そうです!! だから見逃して下さいっ。女房と子供が待ってるんです……」

 こんな騒動を起こした時点で、女房も子供もあったもんじゃないだろう、と総悟は溜め息をつく。

「あのなァ……てめー1人見逃したところで、他に仲間がいんだろ? 大人しく逃がしてやるほど俺はお人好しじゃねェんだよ」

 両手に手錠を嵌め、持っていた銃も奪い取ろうと手を伸ばす。
 ──だが、その瞬間。

「話が違う! 見逃してもらえねぇんなら、こっちにも考えがあるっ」

 興奮した男は懐から遠隔操作のスイッチらしきものを出し、即座に押してしまった。その直後、管制塔の奥の方から爆発音が轟く。
 舌打ちする総悟の前で、男は次の行動に移る。──持っていた銃を取り出したかと思うと、迷うことなく引き金を引いてしまったのだ。

「先走りやがって、このクソヤローが……」

 総悟は息絶えた男の手から役目を果たさなくなった手錠の鍵をゆっくり外すと、こうなったら脱出するだけだというのに足が動かない自分に気づく。

「間に合わねーかもしんねェ、か……。ビビっちまってんのかよ、俺ともあろうもんが情けねーな、オイ」

 脳裏に神楽の泣き顔がチラついて、更には『しっかりしろヨ、コノヤロー!』などと言う神楽の幻聴までも──。

「何へたり込んでるネ! ボサッとしてないで脱出するんダロ!!」
「……あり? 幻聴の次は幻覚かよ。いよいよヤベーな、俺」
「幻じゃないネ! ホントに頭おかしくなったアルか!?」


 まさか、死んでしまうならもう一度会いたいと思ってしまった最愛の恋人が、自ら自分を助けに来るだなど。誰が想像出来ただろうか。

 込み上げる衝動のままに神楽を抱き寄せると、文句ひとつ言わずに神楽は総悟の背中に手を回した。生きて帰ろうと、暖かい手が総悟を優しく包み込んでいるようだった。

「言いたいことはホントのこと言うと、山ほどあるのヨ」

 爆発を繰り返す管制塔を疾走しながら、神楽は呟く。でもそれは、ここから無事に出てからだと笑うのだ。

「でも、このままじゃ2人揃ってあの世行き間違いなしネ! 非常手段で外に出るけど文句はないよナ?」

 2人で、生きて脱出する──。この時は、その可能性を信じて疑わなかった。まさか、自分を庇って神楽が命を落とすことになるなど、思いもしなかった。次に逢えるのが、この幕末ではない来世であろうことも知る由もないこと。

 こうして、輪廻の輪は回り始めたのだ。本人たちのみならず、周りの人々をも巻き込んだ、時空を越えた輪廻の輪が…………。




あえて出さない、別離の詳細。
いえいえ、まだ出さないだけで、6日目(本編)終了後に取っておいてるだけです〜。
色々捏造なのは最初からですが、総悟の結核ネタはこれっきりです。麻岡が辛くて書けないんで(T-T)

'12/05/16 written * '12/05/17 up



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