*さあ、歩き出そう*
そーっと、そーっと。起こさないように、なるべく優しく。以前から触れてみたいと思っていた、金糸のようなサラサラ揺れるその髪を一撫でする。
初めて通された、屯所の総悟の部屋。他愛ない口喧嘩のような、いつものやり取りから始まり。気づけば、今までは考えられなかったような穏やかな時間。すっかり寛いだ様子の総悟が神楽の膝を枕にし、うたた寝をするまでにはそう時間はかからなかった。
今日の、ぶっ飛んだ告白やら総悟が初めて見せた涙。何もかもが、既に夢であったかのように遠く感じる。それでも、自分の膝の上で安堵したように眠る愛しい存在を見ていると、確かに現実なのだと──神楽もまた安堵するのだ。
「おい総悟、てめー女連れ込んでんだって!? 屯所は女人禁制だろうが!」
「しーっ!! やかましいアル。そーごが起きちゃうネ」
「……あ、スイマセン。じゃねーだろ! 何してやがる、チャイナ娘」
深い眠りに落ちているのか、目を覚まさない総悟を確認して。神楽は、入り口で仁王立ちする土方に視線を移した。
「何してるって、見れば分かるダロ。膝枕アル」
「そりゃそうだな。だが問題はそこじゃねーよ。屯所は女人禁制なんだよ」
「私は天人だから女人じゃないネ」
「いやいや、天人関係ねーから! 何つー屁理屈だよ、それは」
呆れたように溜め息をつく土方だったが。現況ともいえる、この部屋の持ち主に視線を落とした。
「何、てめーらやっと纏まったのか?」
煙草を1本取り出し、一吹き。紫煙が空気を濁らせる。
「おうネ。私から折れてやったアル。こいつ鈍すぎていつまでも気づきそうになかったからナ」
「そりゃ気づかねーだろうよ。てめーのは、ツンデレじゃなくてツンツンだったじゃねーか」
「それ、総悟にも言われたアル」
莉津姫にも散々醜態を晒してしまったが。何やかんやで2人が纏まるキッカケを貰ったようなものだ。──そもそものキッカケは、莉津姫に似ているという彼の姉の方だった訳だが。
「ねぇ、マヨは……総悟のお姉さん、知ってるアルか?」
「なっ、何だよいきなり!?」
「莉津姫にソックリなんでしょ? そーごだってあんなにメロメロだったんだし、マヨだって……」
土方が総悟の姉のミツバと、恋仲には至らずとも、互いを想い合っていた。昔の話だが、多分最期の時も姉は土方を想っていたはずだと……苦い表情で総悟が教えてくれた。そのことは口に出さずに、神楽は土方の反応を待つ。
「総悟に聞いたのか? よく認めたな、こいつ。口に出すのも忌々しかったと思うが」
「バレてたアルか。んで、どーなんだヨ? 複雑なんじゃないアルか?」
土方はすぐには答えず、神楽の膝の上で眠る総悟に目をやった。
「あいつは……もういねーんだ。それだけだ」
「動揺しなかったアルか?」
「俺は実際顔合わせてねーからな。会ってたら、総悟みてぇに動揺したかもしれんが。でも、まあ。どんな奴でも、あいつの代わりにはなんねーよ」
直接の返事は、うまくはぐらかされている。だが、それでも神楽はその返事に満足した。
「ふふふ〜ん。純愛アルナ。マヨにしてはなかなかやるアル」
「てめーは一言多いんだよ!」
照れ隠しとも取れる態度に、ニヤリと笑みを零し。
「否定はしないんですね、土方さん」
眠りから覚めた男の発言に、2人でギョッとする。
「狸寝入りか? 総悟てめー」
「人が気持ちよく眠ってる頭の上でがなり立てられたら嫌でも目が覚めるってもんでさァ」
「ったく、起きてんなら起きてるって言え」
むくり、と神楽の膝から起き上がった総悟は、苦い顔をする土方を無表情で見据える。何を考えているのか、神楽には分からなかったが。もしかしたら、黙って寝ているには居心地が悪かったのだろうか、と想像した。
「どっから聞いてやがったかは知らんが、屯所は女人禁制だからな。今日は特別許してやる。誕生日祝い代わりだ」
次はねーぞ、と言い捨てて。土方は襖を閉めて出て行った。
「相変わらず頭の堅ぇお人だ」
「オマエは緩すぎだけどナ」
「うわー、それがカレシに言うことか? てめーは相変わらずのツンツンじゃねーかよ」
「心配しなくても、たまにデレてやるネ。ホラ、もう一回寝ろヨ」
「うぉっ!?」
総悟の首根っこを掴むと、力業で再び自分の膝の上に頭を着地させた。苦しいんだか痛いんだか、訳が分からなくなった総悟の耳元で神楽はそっと囁く──。
「お姉さんのお祝いには叶わないかもしれないけど、私からも贈らせてもらうネ。……誕生日おめでとう、総悟」
「チャイナ……いや、さんきゅ、神楽」
「っ!!」
きっと、今日から始まる新しい日々。互いを愛しく想う、2人が歩き出す──今日は、神楽にとっても特別で大切な、総悟の20歳の誕生日。