*Let's go!京都 day1〜day2
千年の都──京都。ありきたりだが、私たちの修学旅行の予定地だ。
昨今では海外や沖縄にその場所をシフトしているところも多いようだが、私にしてみたら古き良き日本の代名詞とも言える京都に行けるのは、むしろ嬉しい。なっちんは退屈そうだと不満を口にしていたけど。
初日は、移動でほとんど時間を費やすことになっていて。本格的には明日の自由行動からがメインとなる感じだ。
京都駅に着いた後は、定番のお寺や神社を回り、最後にそれこそ定番の清水寺を見て回る。もうこの後はホテルに泊まるだけだ。
「ねぇねぇるー。明日の自由行動、もちヒムロッチ誘うんでしょ?」
「へっ!? 何言ってんの? 先生は引率ってだけで……自由行動の時は、皆が羽目を外さないか巡回するみたいだし」
なっちんはバカね〜、と溜め息をつく。
「そんなの、あんたが頼めば一も二もなく着いてくるって〜!」
自信満々に力説する。
「そういうなっちんは、姫条くんと回るの?」
苦し紛れに突然話を逸らしてみると、あたしは関係ないでしょー! と相変わらずの慌てっぷり。持っていたカバンまで落としそうになってるし。なっちんも自分のこととなると、ホント可愛いんだよね。ってか、そっちこそいい加減認めたらいいのに。どうせバレバレなんだから。
「ん〜。どっちみち先生誘うのは無理なんだよね」
「は? 何でよ」
「京都に知り合いがいるんだけどね、その子と待ち合わせしてるんだ。せっかくだから会って話したいね、ってメールで盛り上がって」
そうなのだ。一人で行く、って約束したんだし。
「ちょっ……あんたまさか相手、男〜!?」
「へ? そ、そうだけど?」
「うっそ……まさかの浮気!? るー。それヒムロッチに言っちゃダメだよ! マジ、ヤバいってー!」
「浮気って……違うってば。別にやましいことは何もないんだよ?」
「いいから! 他の男と会うなんて、それだけで浮気に匹敵するんだから!」
だからやましいことはないって言ってんのに。
。。。。。
明日の自由行動は誰かと回るのか?
いや、別に君の予定が決まっているのなら良いのだが。
は? 気になるか、だと?
そ、それはその……いや私はいいんだ。気をつけて行きなさい。君は妙なところで抜けているからな、見ていて危なっかしい。
私か? 私は最初から巡回の予定だが? 教師もなかなか忙しい。君たちが道を踏み外さないかを監督しなければならん。
いや、いいんだ。もう休みなさい。夜更かししないで寝るよう、他の生徒にも伝えなさい。
……以上だ。
。。。。。
約束の場所は、哲学の道。メールを頼りに、バスに乗って現地へ向かった。道中、昨夜の先生を思い出してボーッとなる。あれってやっぱり誘いに来てくれたんだよね? もったいないこと、したかな、私。
冬に、部活帰りの私を送ってくれようとした先生を断って後悔した記憶が頭を掠める。……あの時はすぐ後に先生が迎えに来てくれたから嬉しかったけど、今日は訳が違うしなぁ〜。
これから会う約束をしているのは、去年の全国大会で知り合った私と同じフルートを吹いてる三枝侑二くん。ちょっとしたキッカケがあって、メールのやり取りをするまで仲良くなった男の子だ。
「榊ー! こっちこっち」
手招きをされ、急いで駆け寄る。
「お待たせー。久しぶりだね〜、侑二くん。ずっとメールだけだったから変な感じだね」
実際会うのは2度目、ってことになる。
「なあ。会っていきなりで悪いんだけど。お前さぁ……先生とどうなってる?」
!! 話の予想はついていた筈なのに、見事に動揺しまくり真っ赤になっていく顔。
「ど、どうもなってないよ。……優しくしてくれてるけど。ってか、メールで話してる通りだよ」
「ん、だよな。いきなり、わりぃ」
彼がこんなこと聞いてくるのには理由がある。侑二くんは、顧問の女の先生……音羽先生とつきあっているのだ。
「上手くいってないの? もしかして」
「いや……うちのガッコ公立だし、周りの目も厳しいからコソコソしなきゃいけなくてさ。だから、お前はどうなのかと思って。名門だけど、一応そっちは私立じゃん」
私が侑二くんに会おうと思ったのも、先生とのこと相談に乗って欲しかったからなんだけど。やっぱり気持ちは同じだった、ってことか。
お互いのことを当たり障りなく暴露しつつ、コンクールの話で今度は盛り上がる。全国大会からフルートのソロコンの話になって。来年は出ろよ、なんて釘を刺されたりして。
そうして暫く歩きながら話してると、不意に侑二くんが立ち止まって後ろを向いた。
「どうかした?」
「いや……もしかして、あれ、氷室先生じゃないかと思ってさ」
はい? 氷室先生……?
指差した方を振り返ると……。
「せ、先生っ!?」
ビクッと驚くあの姿は、正に先生で。もしかして、後、尾けてた、とか? 頭を掻きながら、先生が近づいてきて。自然に私と侑二くんの間に立った。
「いやその……単独行動はよくないと思ってだな」
先生らしからぬ、しどろもどろな口調。視線まで何処を向いてるか分からない程、泳いでる。
「……君は?」
何か勘違いしてるかなぁ? 泳いでた先生の視線は、鋭く侑二くんを射抜いていた。
「初めまして。三枝侑二といいます。白鳳学院でフルート吹いてます」
動揺するでもなく、模範的な返事。流石の氷室先生も一瞬たじろいでいる。でも、白鳳の名前にピンときたのか、すぐにハッとして見下ろした。
「そうか……白鳳は京都だったな。今年も全国には出るのだろう?」
「もちろんです。また金賞狙ってますから」
ニッコリ笑って、今度は私の耳元でボソッと。
「お前大事にされてんじゃん。自信持てよ」
「へっ!?」
「絶対、俺にヤキモチ妬いてるぜ」
「えぇっ!?」
先生が……ヤキモチ? 勘違いしてるっぽいとは思ったけど。だって、ヤキモチってことは、先生が私を……うわぁっ。考えるだけで恥ずかしくなってきた!
「俺、お邪魔みたいだから帰ろっかな」
「えっ? まだ会ったばかりじゃない。せっかく会えたのに〜」
「お前なぁ。男心も考えろよ。好きな女が他の男と会ってんの見たら、イヤな思いすんだろ?」
好きな女、と言ったところで先生の顔が赤くなる。
「ホラ、図星だ」
勝ち誇ったように、言い切ってるし。
「で、でも侑二くん…」
「また普門館(全国大会)で会おうぜ。せっかくの旅行なんだから楽しんでいけよ!」
じゃあな〜と素早く立ち去ってしまう。
「侑二くん〜!? ちょっと待ってよ!」
もうっ。見かけによらず強引なんだからっ。先生を見るのも何だか恥ずかしくて俯いたままでいると、溜め息をつく気配がした。
「君が何処へ行くのか藤井から聞き出した。君を信用していないわけではないのだが、その、気がついたら足が勝手に動いてしまっていたのだ」
先生の困惑の表情。予期せぬモノを見てしまい、こっちは赤面してしまう。……どうしよう。こんな時なのに、顔が笑ってしまう。嬉しすぎて。
「何を笑っている?」
ごめんね、先生。やっぱり顔が緩んじゃう。
「全く、人の気も知らないで……」
「ふふふ。ごめんなさい」
やがて。どちらともなく、歩き出す。言葉はいらなくて、ただ黙々と。
「……手を貸しなさい」
突然の命令。不思議に思いながらも、自然に手を差し出して。
「あっ……」
そのまま、先生の手に包み込まれる。
周りにはうちの学校の人は誰もいない。分かってはいても、数回辺りをキョロキョロ見回してしまう。大丈夫だ、今だけは。繋がれた手に、自然に力が入る。
「恥ずかしく……ないですか?」
「そんなことは考えなくてよろしい」
耳まで赤い先生を見上げながら、幸せに浸る。巡回してる筈だった先生が、私を追ってここにいること。先生のこと相談しようとしたのに、その先生と二人きりで古都を歩いていること。……ああ。何て幸せ。
「明後日の自由行動は、どうするつもりだ?」
「あ、えと。まだ予定はないですっ!」
「……何故そんなに嬉しそうにする?」
私の意気込みに、呆れ顔の先生。それに苦笑する私。だって。今度こそ、自由行動のお誘い! 断るなんて出来ないものっ。
「まあ、いい。それなら、私と来なさい」
「はいっ!」
「よろしい。いい返事だ」
結局その後。銀閣寺にも寄って、しっかり先生の観光案内(?)を聞いたりしちゃった。何か、やっぱり勉強ですか? って感じで。そこも先生らしくて、少し安心してしまった私だった。
────Is it envy or a jealousy?
(繋がれた手から伝わる、貴方の気持ち)
(私、こんなにも想われてる)
2009,October,13th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.