*月夜に奏でるセレナーデ

 今年も、コンクールを控えての夏合宿が始まった。恐怖の一週間の開幕、だ。
 去年の先生は、ホントに怖かった。せっかく先生と一つ屋根の下、と言ったっていい雰囲気どころじゃなかった。せいぜい初めてピアノを弾く先生を見れたくらい。
 そして、今年もやっぱりそんな雰囲気になどなれぬまま(笑)合宿の日々は過ぎていったんだけれど。……そんな最終日前夜、チャンスは巡ってきた。とはいっても、これがチャンスになるとは、夢にも思わなかったのだけど。

「るー。あんた音楽室の鍵掛けてきた?」

 合宿所の同室になった先輩に、突如、消灯間際の指摘を受けた。

「……あーっ!! 忘れてましたぁ〜」
「やっぱりか。音楽室出る時、閉めてないように見えたのよねー」
「何でそれを今言うんですかぁ。その時に言ってくれればよかったのに」
「え? 面白いから?」

 うぅ……先輩、ヒドい。

「まあまあ。行ってきなさいよ。ヒムロッチにバレたらやばいっしょー」

 う〜。一人で? 一緒に行ってくれないか目で訴えてみたけど……。

「あたしは寝るから。さ、いってらっしゃい」

 ニヤリと冷たい笑みを浮かべ、ピシャリと断られた。

「先輩の鬼……」

 こうして。泣く泣く、一人で3階の音楽室へと向かうことになったのだった。

。。。。。

「あれ?」

 消したはずの電気が、赤々と点いている。不思議に思いながら、防音効果のある重い扉をゆっくり押してみた。

「……榊か? どうした、こんな遅くに」
「先生!」

 び、びっくりした〜! 先生まだ残ってたんだ。思いがけなく先生に会えて、内心喜んでる自分を隠しきれない。……まずいまずい、せめて緩む頬は引き締めないと。

「そうか、鍵を忘れたのは君だったのか。全く、相変わらず君はそういうところは抜けているな。私がまた来たから良かったものの、不用心にも程があるぞ」

 うっ。何も言い返せない。ダメだ、話を逸らしておこう。

「せ、先生は何をしてたんですか?」
「ああ、ピアノを弾いていた。どうも、合宿になると自分も演奏したくなるようだな。去年も君に聴かれてしまっただろう? 覚えているか?」

 忘れる訳ない。先生のピアノを初めて聴いた一年前。ゆっくり頷いて見せると、先生の表情は柔らかいものになった。そして自然に、今年の仕上がりについての話題になる。

「今年のコンクールも何とかいけそうだな。君の存在が、他の部員たちをも頑張らせているのだろう。……これからも我が部の模範でいてくれるか?」

 もったいない言葉だ。これ以上の褒め言葉ってあるだろうか?

「もちろんです。でも、先生にそんな風に言われると何か恥ずかしいですね」

 先生の柔らかかった表情は、段々笑顔になっていく。

「……そうだな。この機会にセッションでもしてみるか?」
「えっ!?」

 突然の先生からの申し出。ど、どうしよう。え、聞き間違いじゃないよね!?

「先生のピアノで……吹いていいのっ!?」

 思わず素になってしまう。

「この後、君に何か予定でもあるのなら別だが」
「ある訳ないです! もう寝るだけでしたしっ」
「そうか。なら、楽器はすぐに出せるか?」
「あ、はいっ。ちょっと待ってて下さいっ」

 慌てて準備室に走り、フルートを組み立てる。心臓がバクバク。指が震える。大丈夫かな、上手く吹けるかな。

「……何の曲にします?」

 音楽室に戻り、楽器を握り締める。息を落ち着けて、漸くピアノの脇に立った。

「そうだな……。今夜は月が出ている。『ムーンライト・セレナーデ』はどうだ?」

 今年の定演で吹いた曲、だ。先生が好きな、ジャズの名曲。ソロパートはクラリネットがメインで、後から付いたらしい歌詞は素敵なラブソングで。私もあっという間に好きな曲になった。

「いいですよ。じゃあ私はクラリネットのパートでいいんですよね?」
「上手くアレンジしてみなさい。楽譜も君ならいらないだろう? 何度も聴いたから分かる筈だ」

 うわ、そうきましたか。こんなトコでまで力試しですかっ。いいですよ、受けて立ちますから!

 ♪〜♪〜〜

 音楽室に、ピアノとフルートの音が響く。

 初めての一緒の演奏のはずなのに、すごく吹きやすく感じる。合わせてくれてるのかもしれない。でも、先生も即興ぽいアレンジ入れてきてるし、私もかなり自己流だし。
 もしかしたら、波長が合ってるのかもしれない。こんなに気持ち良く吹けたの、初めてだ。先生へ寄せる特別な感情とか、今は関係なく。ただ一人のプレイヤーとして、満たされた感覚で。
セッションを終えても尚、暫くは余韻が残ってポーッと浸り続けていた。

「大丈夫か、榊?」
「は、はいっ。あの、スゴく気持ち良くって……その、呆けてしまったみたいで」
「私もだ。……一緒に演ってみて改めて分かったが、榊の音は他者を刺激する。もっと高いレベルへと導かれるような感覚に陥る」
「え……そうなんですか?」

 そればかりは自分じゃ分かんない。

「もっと自信を持ちなさい。当然、更なる努力は怠らないようにしなければならんが」

 あ〜。こういう台詞は、やっぱり『先生』だなあ。かえって、安心しちゃう。

「鍵、掛け忘れちゃって良かった」

 唐突に私は呟き。先生の隣にストンと座る。今なら──このテンションでなら、言ってしまっても大丈夫?
 意を決し、上目遣いで先生の瞳を見つめた。

「こうして、先生と二人っきりになれたもん。初めてのセッションも、先生とだから一番嬉しくて気持ち良く出来て、」

 先生の顔が赤くなっていくのが見えた。

「……榊」

 先生の手が、私の肩にそっと触れる。壊れ物に触るみたいに、優しく、静かに。

「そうだな、私も今日ばかりは君の迂闊さに感謝したい。それに、もしかしたら、去年のこともあってか期待していたのかもしれない。君が一人でここに来てくれるのではないかと……だから私はピアノを弾きたくなったのかもしれんな」

 徐々に肩を引き寄せられ、こつん、と頭を先生の胸に預ける形になった。躊躇いがちだった肩を抱く手に、力が入るのを感じた。
 思い切って隣に座ったのが、間違いじゃなかったことを悟る。抑えていた想いを解き放つチャンスが来たと思ったのも、間違いじゃなかった。……自惚れじゃないと、漸く確認出来た気がする。

「ああ、綺麗な月夜だな」
「ムーンライト、セレナーデですね……」

 二人奏でた曲の歌詞が、不意に頭を過ぎる。
 窓の外にはキラキラ輝く月。優しい光が、夜の空を明るく照らしていた。



────I stand at your gate,and I sing you a song.
In the moonlight
A love song,my darling.
A moonlight serenade.

(この曲を作ったグレン・ミラーも、月の光に愛を重ねたのだろうか)




2009,September,24th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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