*夕焼けの丘の上で

『るーも相当バカよね』
「な、何よ〜」
『ほとんど毎日顔合わせてるってのに、あの訳分からん課外授業にまで律儀に参加してんじゃん』
「訳分からんて何よっ。なっちんだって参加してたくせに〜。……律儀って言うけど、部活とクラスの行事は別じゃない」
『はぁ〜〜。んで? 今回は水族館なんだ?』
「何か呆れてる」
『呆れもするって〜。まさか、二年になってもあの課外授業やるとは思わなかったし』
「うー。でも私にとっては先生との時間がー」
『あーはいはい。るーがヒムロッチラブなのはもう十分分かってるからっ!』
「なっちん〜〜〜」

 新しい季節を迎えた、二年目の春。
 ラッキーなことに、私はまたもや氷室先生のクラスの生徒になることが出来た。なっちんとは違うクラスになってしまい、今日の課外授業には当然参加しない。……ので。今は待ち時間に電話でおしゃべり中。

『そういや、葉月も今日来てんの?』
「へっ? 珪くんは……ああ、来てるみたい。何か最近よくなっちんの口から珪くんの名前聞いてる気がするんだけど、いつから姫条くんから珪くんに乗り換えたの!?」
『ばーーーーっか! んな訳ないっしょ! つか、姫条ともそんなんじゃないってのっ』
「えぇ〜?」
『まあ、いいわ。葉月のヤツも不憫なこった。鈍いの相手によく頑張るわなぁ〜』
「は……?」

 珪くんとは、また同じクラスになったのだ。モデルの仕事も増えたみたいで益々忙しいはずなんだけど、ちゃんと課外授業に参加してる。それこそ、律儀だと思うんだけど。
 集合時間になり。なっちんとの通話を終え、先生に目線を向ける。ニコッと笑いかけると、気づいてくれたのか、薄く笑みを返してくれた。先生の課外授業だから、と張り切って参加した私だけど。実はここ数日かなり疲れていて、それを先生にも指摘された。新入部員が一気に増えた吹奏楽部の副部長になったせいもあるし、バイトが結構忙しかったりもする(春休み中にシフト増やしちゃったし)。音大受験の為に、先生にピアノのレッスンをしてもらったりもしてる。(父は演奏旅行中でいないし)
 そういう様々なことが重なって、コンディションは最悪。睡眠不足もあるかもしれないけど、実際見た目に顔色よくないから、不調なのは一目瞭然だ。

「……榊。今日は無理して来なくてもいいと言ってあっただろう? 顔色も優れない」

 あ、やっぱり心配してくれてたんだ。厳禁だけど、ちょっと嬉しかったりして。

「ふふ。先生が優しい」
「な、何を言っている!」

 慌てる先生が、何だか可愛い。

「今日はあまり動き回らず、座っていなさい。最近の君は無茶をしすぎる」
「は〜い」

。。。。。

 先生にビタミンCを補給しろと言われ、100%のオレンジジュースを手渡された。来ていきなりベンチに座ってろって、来た意味なくなっちゃうんだけど。
 それに、座ってはみたもののみんな行っちゃって暇かも。イルカショーは見たいんだけどなぁ。あ、ゴマフアザラシの赤ちゃんもいるって言ってたんだ。少し休んだら行きたいなぁ。

「あれ、瑠宇?」

 ボーッとしていると声を掛けられ、振り返る。

「あれ、珪くん?」

 最近、カッコよさに色気まで出てきたと噂になってる、珪くんだった。そういえば、何でなっちんが珪くんを気にしてたか追及し損ねたんだった。

「今日はモデルの仕事お休み? 確か、木曜と金曜は早退してたよね」
「ああ、気づいてたんだ。先週は大分忙しくて、学校に支障ないように活動するのが条件だったのに、ちょっときつかった。その分って訳でもないけど、日曜はあまり仕事しないようにしてる」

 珪くんも忙しいんだね。でもホント、最近カッコ良さに磨きがかかったというか。私も、仕草の一つ一つに目を奪われる時があるもの。この前それを言ったら、極上のスマイルが返ってきて心臓に悪かったのを思い出す。

「身体、大丈夫か?」
「……へ?」

 あらら。珪くんも私が疲れてるの分かっちゃったんだ。

「俺よりよっぽど疲れてるように見える」
「大丈夫だよ。……もうっ、珪くんも先生も心配症なんだから」
「……氷室先生、か」

 珪くんは黙り込んでしまった。ん? 先生がどうかしたんだろうか。

「あ、氷室先生ってね。ああ見えて本当は優しいんだよ。周りにも気を配ってるし」
「……。そうみたいだな」

 珪くん? 何か、ちょっと、機嫌悪い?

「そうだ、瑠宇。それより、ちょっとその辺回らないか?」
「え? あ、うん。んー、そうだなぁ。ちょっとだけならいいかな?」

 動き回らないって約束はしたけど、この近辺だったらいいかな。先生も怒んないよね。よいしょ、と立ち上がって珪くんの隣に並ぶと、ちょっとだけ違和感を感じる。

「……あれ? 珪くん、背伸びた?」
「ん? ああ、2pくらいだけど」

 そっか。男の子だもんね。先生程ではないけど、珪くんも背高いなぁ。さすが現役モデルっていうか。

「さて、何処回る?」
「あ! じゃあね、アザラシ〜。ゴマフアザラシの赤ちゃん見たかったの!」
「……じゃあ、こっちだな。ラッコとかペンギンもいるみたいだ」
「ホント? ふふふ〜楽しみっ!」

 結局集合時間まで珪くんと回り、先生とは会えず終い。でも珪くんも結構笑顔で久しぶりにいっぱいお話しながら楽しく回れたから、これはこれでいいのかな、と思うことにした。疲れも忘れられたし。

 エントランスのざわめきの中
、先生の姿を確認する。……ちょっと残念だったけど。心配してもらえたの分かったし、学校の外で会えてるし。贅沢なくらいだよね。

「大分顔色もよくなったようだな」
「え……? そうですか、よかったぁ〜」
「気分転換にはなったようだな」
「はいっ。ホント、よかったです」

 ふっ、と不意打ちの先生の微笑。うわ……構えてなかったから、どっきどきする〜!

「そうだ、榊」
「は、はいっ!?」
「……解散後、ここで待っていてくれないか?」
「え、は、あ、はいっ。分かりました!」

 よろしい、と決まり文句を残し。先生はそのまま入館料の精算に行ってしまった。何だろう? ……休んでろって言われたのに動き回ったの、バレたかな? う〜ん。でも、大分疲れはとれたしなぁ。さっき顔色よくなった、って言ってくれたのに。
 うーん、と唸っていると今度は珪くんが。

「あ、珪くん。今日は一緒に回ってくれてありがとね。さっきお礼言いそびれちゃって」
「いや、俺も楽しかったからいいんだ。それより、瑠宇。この後お前のバイト先でもいかないか? 俺、おごる」
「あ〜〜ごめんね。そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、何か先生が用事あるみたいで待ってなきゃいけないの」

 珪くんの表情が少し曇る。

「そ、っか。残念だ」
「ごめんね。よければ、また今度、誘ってくれる?」
「……ああ。もちろん」

 ふっ、と笑顔になる。あ、良かった。せっかく声掛けてもらったのに、これで終わりじゃ悪いし。むしろ私が奢んなきゃならないくらいじゃない、今日の場合。
 珪くんに手を振ると、あっという間に先生が戻ってくるのが見えた。手には車のキーを持っているようだ。

「……待たせたようだな。来なさい」
「あ、はいっ」

 慌てて駆け寄ると、先生の視線は私を挟んだ奥にいる珪くんに向いていて。

「先生……?」

 珪くんも、先生を見てる……?

「葉月と、約束でもしていたのか?」
「え? あ。いいんです、先生が先約でしたから。気にしないで下さい」

 そうか、と前に向き直って溜め息混じりの息をついた。どうか、したのかな?

「……まあ、いい。乗りなさい。君を連れて行きたいところがある」

 最近指定席になりつつある助手席に乗り込む。主に、部活が遅くなった日限定の指定席ではあるけど、どうやら今は私だけの指定席っぽいから嬉しい。
 シートベルトを締めたのを確認すると、ゆっくり車は動き出した。

 何処に行くんだろう。……何となく無言のまま、時間が流れていった。
 辺りは夕焼け。ちょっと幻想的な色合いを見せている。その色に目を奪われながら走ること数分、少し高台になっている所で車は静かにエンジンを止めた。

「降りなさい」

 言われるまま車を出ると、そこは更に不思議な色に満ちていた。

「うわぁ……きれ〜い」

 何色とも言えない、紫がかった景色が、視界一面に広がっている。

「今の時期だけ、日没の一瞬この場所では太陽光線のいたずらが起こる」

 先生を見上げると……少しだけ微笑んでいるように見えた。

「先生?」
「何だ?」
「どうして、私をここに?」

 どきどき、高鳴る鼓動を抑えながら問い掛ければ。コホン、と咳払いが聞こえた。……それは最近気づいた、少し照れてる時の先生の癖で。

「どうということもない。……単なる思いつきにすぎない」
「そう、ですか」

 微妙な沈黙が、続く。

「…………」
「っ……」

 何だか、いたたまれない気持ちになる。あまりにも、先生の表情が穏やかで。私に向けられたいつもは少し色素の薄いその瞳が、辺りの色に染まって熱を帯びたように見えて。

「……どうだ? 少しは息抜きになったか?」

 えっ!? 驚いて見上げたけど、先生はいつの間にか背中を向けていて。もうどんな顔をしているのか、見えなくなってしまった。
 ああ、そうか。私が疲れてるから連れて来てくれたんだ。最初から、そのつもりだったのかな? 水族館では一緒に回ることも出来なかったことすら、もうどうでもよくなってくる。
 ……どうしよう。溢れてしまう。こんなにも先生が好きで、嬉しくて、切なさが込み上げてくる。伝えても、どうにもならない想いだと分かっていても、"好き"の気持ちが零れ落ちそう。

「先生……ありがと」
「ん?」

 後ろから、先生の腕にそっと触れる──。

 大好き。

 今はまだ言えないその言葉を、飲み込んだ。

「……。上手くは言えないんだが、その。頑張るのはいいが、程々にしておきなさい。心配するこちらの身にも……」
「先生……?」
「とにかく! 休養も必要だということだ。以上!」

 コホン、と咳払い。
 先生が、照れてる。隠しきれない耳先が赤くなってる。ああ、こんな時に不謹慎かな? 心配してもらえて嬉しい、なんて。このままじゃ期待してしまうじゃないの。

 今までよりも、もっともっと先生のこと、好きになった気がした……そんな春の夕暮れ。



────The desire seems to begin to overflow and it is scary.

(このままだと、想いが溢れて止まらなくなるの)

(先生、私の想いをいつかは受け止めてくれますか?)




2009,September,24th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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