*Winter - Wonder - Land

 すっかり肌寒さを感じる季節を越え。気づけば身も凍る寒さを覚える冬を迎えていた。
 夏から秋にかけて。何も特筆すべきことがなかった訳ではないのだが、こと氷室先生との関係での進展は、あってないようなものだ。自分で言ってヘコみそうになるので、ここは敢えてスルーしたいところだ。
 ただ。勉強には手を抜かず、部活は当然力を入れ、運動もそこそこ頑張り(吹奏楽は意外に体育会系だと思う!)。とにかく努力を重ねているうちに、先生にとっては優秀、と言ってもらえる位には目に留まる生徒となることが出来た。
 部活といえば。はば学吹奏楽部は今年も全国大会で金賞を取ることが出来て、その中でも二位という好成績だったらしい。来年は一位を目指す、と意気込む先生が頼もしかったり……まあ怖いのもあったけど。(※今って、3年連続で全国出ると出場権なくなる制度続いてるんですかね?だったら、これはフィクションってことでご勘弁を!)

 そんなこんなで。やっぱり寒さが身に凍みる、12月の朝。クラスの課外授業、という名目で定期的に氷室先生が行うちょっとした外での勉強会(長い!)に参加する為、私は動物園を訪れた。動物園で課外授業って……正直、何を学べばいいのか分からないんですけど。どうしましょうか、先生?
 一部クラスメートは、デート気分っぽかったり。なっちんは完全に遊び倒す予定みたいだし。真面目に勉強するのは、私でもちょっと難しいような。

「ね〜。るーって、ヒムロッチの何処が好きなの?」

 一人で黙々と考えていたら、なっちんが小声で話しかけてきた。
 今日は、なっちんの他に姫条くんや葉月くん……珪くんも、珍しく来ているのだ。意外にも、氷室学級の課外授業参加率は高いらしい。

「シーッ! みんなに聞こえちゃうってば」

 焦る私をまあまあ、となだめるなっちん。

「大体、何処かなんて……分かんないよ。なっちんだって、そうなんじゃないの?」

 少し離れた所で笑ってる姫条くんに視線をやると、なっちんも慌てている。ケンカばかりだったなっちんと姫条くんの仲は、どつき漫才(ある種夫婦漫才)を日常繰り広げ、っていうかじゃれ合ってるように見えて……ちょっと羨ましい。今はるーの話でしょ〜、なんて焦るなっちんがまた可愛くて。

「あ、ほら。ヒムロッチ一人だよ! 声掛けたら?」
「う〜。逃げたな、なっちん!」

 都合が悪くなるとすぐ話題変えちゃうんだから。この間だって、姫条くんに絡んでた女の先輩たちに睨み効かせた後で"うるさいから"なんてとぼけてたし。完全に嫉妬だと思ったんだけど。
 ……気を取り直し。なっちんの言った通り、一人腕組みをしてみんなを監督してる風の先生に向かって走ることにした。

「ひ〜む〜ろせ〜んせっ!」

 わざと妙な節をつけて呼ぶと、先生は苦笑しながら振り返った。

「榊、変な節をつけて呼ぶのはやめなさい。何だか馬鹿っぽく聞こえる」
「はーい」

 素直に頷いて、隣に並ぶ。自然に顔が綻ぶのを感じた。

「全く。全国大会も無事終わって気が緩んでいるのではないか?」

 年明けにあるアンサンブルのコンクールには、先輩たちが出ることになっていて。昨年中学の時にフルートの国際コンクールで入賞した私は自粛(?)を命じられた為、今年度はある意味暇になってしまった。まあ、来年は別のコンクールに出るつもりではいるのだが。
 先生が気の緩みを指摘するのも、間違いではない。確かに以前より締まりがないようには感じてたとこだったから。

「……勉強の方も、順調なようだな。大変結構」
「頑張りましたもん。先生に毎日部活と勉強とバイトを両立しろ、と言われ続けてましたしねぇ」

 そう。少しでも、先生に良く思われたい。それが、私の原動力になってるんだから。

「大学の候補は絞ったのか? 留学は視野に入れないようだが、フルート以外で学びたい分野でもあるのか?」
「いえ。音大ってことはハッキリしてるんです。ただ、どうせなら誰かいい先生はいないかなぁと思いまして」
「日本人限定なのか」
「う〜。勉強としての英語はそこそこ出来ても、英会話とかになると自信ないですし。正直、その辺を更に学ぶ時間を他に回したいというか」
「……まあ、同じ日本人の方が微妙なニュアンスなども伝わるだろうからな。師事するなら、その方がいいかもしれんが」

 最近、先生には進路のことでよく相談に乗ってもらっている。担任だからというのはもちろんのこと、部活の顧問として音楽を将来続けていくなら……と色々助言してもらっているのだ。

「先生は、音楽の道に進むことは考えたりしなかったんですか?」
「私は、教師を天職だと思っていたからな。音楽は趣味にすぎない」
「高校の時点でですか!? 凄いなぁ〜さすが先生。でも、先生のピアノならプロ級なのに。もったいない」

 大したことはない、と先生は照れたような表情を覗かせて。あの頃のピアノの腕は今より大分未熟だったし、と遠くを見つめる。
 夏合宿の時、先生のピアノを初めて聴いた。……優しくて、キレイな音色で。あの日、更に先生への思いが強くなった気がする。

「そろそろ戻りなさい。藤井たちが待っているのではないか?」

 楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていくもので。

「はぁい」

 渋々返事をし、溜め息をつく。ついつい話し込んじゃったけど、今は課外授業。ずっと先生の隣に居れる訳じゃない。
 ──と、その時。足元の石に躓いて前方に思い切り身体が傾いた。

「っ、〜〜きゃあっっ!!」

 とっさに体勢を立て直そうとしたんだけど、そのまま転んで……は、しまわなかったようだ。

「気をつけなさいっ! 君はこの前も転んでいなかったか? 腕や指を痛めたらどうするつもりだ!?」

 何と! 私は先生の腕に抱き止められていたのだ。

「ご、ごめんなさいっ」

 身動き、出来ない。時間が止まってしまったかのような感覚。力強く回された腕が、本気で心配する熱い声が、全身に絡みついて溶かしてしまうかのようで。先生もそのままの体勢で動かなくなってしまった。
 他の人に見られたら誤解されちゃう。そう、頭は理解しているのに、指一本動かせない。

「はっ……すまない。榊、大丈夫か?」

 慌てて、先生が離すまで。きっと何秒かのことだったんだろうけど、私にとっては凄く長い時間のように感じられた。二人の間に、いつもと違う空気が流れる。お互い意識しているのが、伝わってくる。さすがの先生も動揺を隠せないようで。
 ねえ、先生……どうしてすぐに離さなかったの? 聞きたいんだけど、聞けない。聞いてしまったら、何かが変わる気がする。その変化を望んでいるのに、でもそうなっちゃいけない気もして。
 なっちんたちと合流した後も、なかなか胸のドキドキは治まらず終いだった。

「榊、顔赤い。熱でもあるのか?」
「え、そ、そうかなっ!?」

 珪くんにまで心配かけてるし。

「何〜? ヒムロッチと何かあったんじゃないのぉ?」
「るーちゃん! だからヒムロッチなんかやめて俺にしとき」

 なっちんは相変わらず鋭くて。姫条くんはまた冗談言って、なっちんに怒られてる。

「何でもないってば!」

 ごまかし切れてないんだけど、わざと大きな声を出して自分を奮い立たせることにした。

「榊って、氷室先生が好きなのか?」

 ……んだけど、珪くんに面と向かって言われ、再び撃沈。

「葉月〜。やっぱり鈍いわ。るーを見てたらすぐ分かるってのに!」

 珪くんは、何やら考え込んでいる。そんなにバレバレかなぁ? ってことは、先生も気付いてるってことだよね?
 先生のことを考え、さっきの先生の温もりを思い出してしまい……また急速に、顔に熱が集まっていく。寒かったはずの辺りの気温までもが、上昇していくよう。私にだけ、早すぎる春が訪れたかのように。



────Love of place by which the cold is forgotten.

(寒さも忘れてしまう位に膨れ上がっていく恋心)

(ねえ、先生。期待してもいいんですか?)





2009,September,18th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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