*Now , let's start !

「あれが榊瑠宇!?」
「ちょっ……顔ちっさ! 手足長っ!」
「実物のが可愛いじゃん!!」
「わっ、押さないでよ〜見えないって!」

 ──何だ、この騒ぎ。
 入学式翌日。音楽室前には、吹奏楽部の入部希望者が殺到していた。……ハズだったのだが。周りのざわめきに疑問を感じて見渡せば、明らかに入部目的ではなさそうな集団がギャラリーと化していた。(本来の入部目的の人の方が少ない気がするのは気のせいか)
 耳に入ってくる言葉たちから察するに、私目当てらしい。これって、私も迷惑だけど部の先輩たちとか先生にも迷惑かけまくりなんじゃ……。

「あ、榊さん! やっぱりあなただったのね、このギャラリー。ホラホラ、野次馬は放っといていいから早く中に入りなさいなっ。待ってたのよ〜」

 意外にも好意的に迎え入れてもらえたらしかった。

。。。。。

 私に声を掛けてくれた先輩が、同じフルートパートのリーダーさんで副部長でもあることを教えてもらい。その流れで部長さんにも挨拶をした。(貫禄あるマッチョ系だったから少しビックリ)氷室先生は来ないのかなぁ、とそわそわしていたけど、話を聞いてたらどうやら会議で遅れるみたいで。ちょっと残念に思いながらも先輩たちの会話に耳を傾けていた。
 他の入部希望者や見学者も続々と音楽室入りして、いつの間にか人で溢れそうな室内。さすが、全国大会常連校といった感じだ。まあ、1ヶ月もすれば半分は消えてるそうだけど……ってか、それを話してくれた先輩の氷の微笑が一番怖かった。

 そうしているうちに。是非一曲デモンストレーションを、といった流れになり。あれよあれよという間に、楽器を携えて指揮台に上がる羽目になっていた。

「えっと、それじゃあソロコン(フルートコンクール)で演奏した曲を……」

 盛大な拍手に迎えられる。うわ、ちょっとしたテストみたいな空気!?
 緊張を解すように、すぅっ、と息を吸い込んで。低音の導入部から、一気に感情を込めて奏でる。どんな小さなステージでも手を抜かない演奏をすることが私のポリシーだから(父の受け売り)、今日も、全力で。
 音に命を吹き込む時間が一番好き。ああ、今日もいい音を鳴らせてあげられた。愛器も満足そうに真っ直ぐな響きで応えてくれて。
 気づけば、拍手の嵐の中に立ち尽くしていた。
 感嘆の声や、叫びにも似た興奮を抑えられない風な声。そのうち、駆け寄ってきた先輩たちに抱きつかれたり撫で回されたりして。何か、もう、もみくちゃ。

『ようこそ、はば学ブラバンへ!!』

。。。。。

「見事な演奏だった」

 淡々とした感想を戴いた。何というか、氷室先生らしい、かな。むしろ、お褒めの言葉が貰えたことの方がビックリというか。

「君の入部に関しては、上級生(うえ)の連中が随分騒いでいたようだ」
「はぁ……そうなんですか」
「私も、君が国際コンクールで入賞するプレーヤーだという点では、大変期待している」
「ありがとうございます」
「だが。我が部は吹奏楽……私の求めるものは完璧なハーモニー、即ち調和だ。個人の栄光も結構だが、君にもそのことは頭に入れて頂きたい」

 あ。やっぱり褒めるだけじゃ終わらなかったか。まあ、吹奏楽をやるからには、そんなことは百も承知なんだけれど。

「分かりました。先生の期待を裏切らないよう、頑張りたいと思います」
「そうか。良い返事が聞けて何よりだ。当然だが、特別扱いもしないつもりだから心得ておくように」
「あ、それはかえって助かります。中学では、それが原因でブラバンもオケ(オーケストラ)も辞める羽目になったので」
「君のレベルなら、それも仕方ないか。だが、個人スキルを上げる良い機会にはなったのだろう?」

 先生にはお見通しのようだ。洞察力が優れているのか、私が分かりやすいだけなのか……後者が妥当かも。
 どっちにしても、今後のことを考えたら先生の申し出は素直に嬉しい。先生の言う"ハーモニー"に関しては、ピアノ伴奏とぐらいしか合奏していない私にとっては初心者みたいなものだし。一からスタート出来るのがすごく嬉しい。

「ところで、榊。私に何か用だったのではないか? もう入部届けならば受け取ったはずだが」
「あ、はい……」

 来た。本題、だ! この先生相手に、私は、バイトの許可を取り付けることが出来るんだろうか!?
 ──無理でしょ。
 ゴクリと、息を飲んで。

「無理を承知でお願いがあります」

 無言の先生から、目に見えない圧力を感じる。もう既に負けそうなんですけどー!

「……何だ?」

 低音で発せられた声が、更に心拍数を上げる。それでも、今言わなければならないのだ。覚悟を決めるのよ、瑠宇。

「……バ、バイトさせて下さいっ」

 コンマ一秒の後、先生の表情が凍り付くのが分かった。
 何故だ? 絞り出すような低音(さっきより更に低い)に身を震わせる。でも。ここで負けたら、全部終わりだ。

「父に、フルートの代金を返済しなきゃならないんですっ」

 嘘のつきようもなければ、ついたところで何の得もない為、ストレートに打ち明けてみることにした。

「あの榊さんが娘から楽器の代金を取り返すとは……」
「え? 父をご存知なんですか?」

 ピアニストとしての父を知ってるだけにしては、何か違う気がしたんだけど。

「あ、ああ……榊克敏のピアノはよく聴かせてもらっている。彼の奏でる繊細な旋律は、とても美しい。私もピアノを多少は嗜むのでな、尊敬するプレーヤーの一人だ」
「そう言ってもらえると何だか嬉しいです。父のことなのに、自分のことみたいで」

 それから少し、音楽家としての父についての先生の見解を聞かせてもらった。何というか、勉強になった気がする。
 そして。

「自分の大事な分身だからこそ自分の力で買え、そういうことか? 榊さんなら、確かに言いそうだな。娘にも容赦ないのが意外といえば意外だが」

 どうやら、父の意図が分かってるみたいで。

「よろしい。……そういうことなら、私が紹介する店にしなさい」

 あまりにも、簡単に言ってのけたものだから。返事をし損ねたばかりか、ポカンと口を開けて見上げてしまった。

「学園の近くに私がよく行く喫茶店がある。店長とは昔からの知り合いだから、私から話しておく。週2回なら許そう。……それならどうだ?」

 まさか、先生から紹介されるなんて……。しかも、よく行く店ってことは学校以外でも先生に会えるチャンスっ!? 思わず、心の中でガッツポーズする。

「どうした? ……それでも不満か?」
「い、いえっ! ありがとうございますっ。私も……それに両親も、先生の紹介なら安心します」

 間髪入れずにそう告げると。穏やかな微笑を浮かべた"心臓にとても悪い先生"を直視してしまい、またもや黙り込む結果になってしまったのだった。

。。。。。

 次の週から、火曜と木曜の2回だけのバイトが始まった。喫茶『ALUCARD』……それが店名。 
 何の因果か、隣には撮影スタジオがあって。葉月くんがモデルの仕事をしに来てる。元々常連さんらしくて、最近よく話すようになった。バイト仲間の話だと、今までは誰とも話さなかったらしく羨ましがられたんだけど。葉月くんって、無口なんだけど単に人づきあいが苦手なだけな気がする。私はたまたまクラスメートだし、入学式の日のこともあったし、打ち解ける要因が多かったもんね。
 店には他にも奈津実ちゃん……なっちん(そう呼べ、と言われた)や、同じクラスの姫条くんとかもよく来てくれる。
 ……もちろん先生も。まあ、来る度にお小言も漏れなく付いてくるんだけど。接客の言葉遣いがなってないとか、お辞儀の角度が足りないとか。果ては、スカートが短いとか(これはユニフォームだから仕方ないのに)。それでも会えるだけで幸せを感じるんだから、恋って不思議だ。
 そして、今日も定期的な先生の来店が。

「榊。6月の定演(定期演奏会)まで残り少ない。君のソロは完璧なのだろうな?」

 コーヒーを口に運びながらの問いかけは、珍しく部活のネタだった。

「……まだです」

 嘘もつけず。目線を合わせないように答えるしかなくて。

「ふむ……。君のソロは特別多いから仕方ないか。特別扱いするなと言ったのに、フルートパートの連中は君に体よくソロを押し付けたんだろう?」
「ええっ!? 押し付けたって訳じゃないですっ。私も先輩方にソロをお任せしようと頼みはしたんですが」

 断られただろう、とズバリ当てられてしまう。

「よろしい、個人指導しよう。そうだな、日曜の全体練習終了後がいいだろう」
「……へ?」

 個人指導!? それって、先生と二人っきり!?

「……榊? 不満だろうが、これは決定事項だから拒否権はないぞ」

 拒否権? そんなものいりません! むしろ、後でキャンセルとか夢落ちパターンとかはなしでお願いしたいですっ。

「いえ、不満なんてないですからっ。こちらこそよろしくお願いします! 私、頑張ります!」

 しごかれるのは分かってるんだけど、やっぱり嬉しさは隠せなくて。よろしい、といういつもの先生の決め台詞にも、ついつい笑顔が零れてしまうのだ。これぞ、恋する乙女のラブパワー。



────Now,let's start !

(さあ、はじめよう!)

(新しい私、こんにちは)




2009,September,9th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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