*Silent Night,Holy Night_midnight part

※先生視点

 眠りこけてしまった彼女を前に、途方に暮れる。
 まずい……。時刻は既に午後11時近く。今夜は彼女の両親も帰りは深夜になるとは言っていたが、さすがに午前様になるようではまずすぎる!!

「な〜に顔色青くしたり黒くしたりしてんだ?」

 益田の緊張感の欠片もない声に、俺の怒りは爆発する。

「お前のせいだ! お前のっ」
「へいへい分かってますよ」

 怒鳴ったからといって、どうなるものでもない。問題は、俺が次の行動をどうすべきなのかということだ。

「ひとまずさぁ。お前んち連れてけば? ここから近いだろ」
「なっ……!?」
「覚悟決めろや。どうせ酒の臭い残したままじゃ、帰せないだろ?」
「ぐっ……それはそうだが」

 だがそれは、今の俺にとっては非常に都合が悪い。今までただでさえ理性を保とうと、無理を重ねてきたのだ。2人きりになってしまったその時、果たして俺は平静を保っていることが出来るのだろうか? 
 ……はっきり言おう。全く自信がない。

「お〜悩んでるね。闘ってるね!」
「……」
「何でそんなに我慢するんだよ?」

 少しの間の後、そう問いかけられる。

「オヤジさんに言われてるからか?」

 三十路にもなろうとしてる男が、と含み笑いをする益田を俺は黙って睨み付けた。

「それも、多少はある、が……一番の問題は、自分の中にある」
「へぇ? 瑠宇ちゃんを気遣って、とかじゃなくて?」

 こいつとは長いつきあいだ。普通に考えれば瑠宇の受験が終わってからとか、もっと時間を重ねて、などと躊躇していると思ったのだろう。

「俺が、俺でなくなる」
「……はぁ?」
「瑠宇に更にのめり込んでいくのが、手に取るように見える」
「零一……」
「怖いのかもしれない。今まで、こんな恋愛をしたことはなかったからな」

 思い切り笑い飛ばされるか、からかわれると覚悟していたのだが。向かいに座る親友は、穏やかに微笑んでいた。

「思った通りだ」
「何が、だ?」
「彼女は……瑠宇ちゃんは、零一をいい意味で変えてくれた」
「いい意味で?」
「ああ。それは、俺じゃあ絶対に出来ない魔法みたいなもんさ。長い付き合いの俺からしたら、ちょっと複雑な気持ちだけどな」
「……俺はお前と変な仲になる気はないぞ?」

 俺だってないよ、と苦笑する親友に……ありがとう、と様々な想いを込めて伝える。 込められた意味は、しっかりと理解しているだろう。──長いつきあい、だからな。

。。。。。

 そろそろ、日付が変わろうとしている。
 榊さんには……瑠宇の父親には、確実に一発は殴られるだろう。前に、比奈子さんが俺たちが交際していることを暴露した際、一瞬だけ物凄い形相で睨まれたのだ。瑠宇が幸せなら、と口では言っていたが、内心は相当俺に対する怒りで燃えているに違いない。
 瑠宇は一人娘だ。その大事な宝が、親友の息子とはいえ、10も年の離れた男に盗られたとなれば……気持ちも分かる気がする。

「ん〜〜」

 気持ち良さそうに、ベッドの上で寝返りを打つ瑠宇に目をやる。

「人の気も知らずにお前は……」

 無邪気な寝顔を見ていると、さっきまで理性がどうとか考えていた自分が何だか馬鹿らしくなってきた。

「んふふ〜」

 一体何の夢を見ているのやら。目覚める気配のない瑠宇を寝室に残し、頭を冷やす意味も含めてシャワーを浴びる為、バスルームに向かった。


※瑠宇視点

 ここは、何処……?
 目を開けると、知らない景色。あ、でも待って。見たことがあるような気もする。このシンプルな部屋の感じ。天井や壁の色合い。そして、ベッドの残り香。

「まさか、零一さんの……寝室?」

 口にしてから、一気に頭に身体中の熱が昇っていくのを感じた。何回か零一さんの部屋に遊びには来てたけど、寝室にだけは入ったことがなかったのだ。……だって、入る必要もなかったし。それが何故か今、ベッドに寝かされていて……私、一体何をしたの!?
 飛んでしまっている記憶を懸命に繋げていくも、混乱しまくっている。

「えっと……マスターさんからキレイな飲み物をもらったのよね。それで、それがスッゴク美味しくって……」

 あ、れ。その後、って? 何だか夢うつつのうちに、零一さんに抱っこされてたような気が。しかも『わ〜いお姫様みた〜い♪』なんて、はしゃいでたような。
 う……。自己嫌悪。あれって、お酒だったんだろうか? しかも、私ってアルコールにめっちゃ弱いってこと? 情けない〜!! いくら未成年って言っても、いかにも子供だってバッチリ証明してるみたいじゃないか。

「瑠宇? 起きたのか?」
「うきゃ〜っっ!?!?」

 突然の声で、思い切り飛び上がる。

「何をそんなに驚く?」

 零一さんは吹き出している。
 だって、ねえ。……心の準備が出来てなかった、っていうか。

「ご、ごめんなさい〜」
「何に対して謝っているんだろうな?」
「色々、です」

 あぁ〜ホント、情けない。せっかくのイブだったのに。

「やっぱり連れて行くべきではなかったな。本当はもっと早くに帰すつもりだったが……」

 ん? 帰す、って……。

「そういえば、今って何時ですか!?」

 やっと気づいたか、と零一さんは苦笑する。

「ちょうど25日になったところ、だな。」
「えぇ〜っ!?」

 マズイ。ヤバイ。ど、どうすれば〜!?

「混乱している最中に悪いが、電話でもしておくか?」
「う〜。どうしよ〜?」
「俺が訊きたいくらいだ。本当のところは」
「ですよねぇ」

 ああ〜お父さんの雷が〜!! そして、お母さんの怪しげな微笑みが目に浮かぶ。

「さっき、お詫びの電話は入れた。こちらで預かります、と。……幸い尽くんしかいなかったようだがな」
「まだ帰ってなかったんですか? 2人とも」
「演奏会だそうじゃないか」
「うん。多分打ち上げか何かで遅くなってるんだと思う」

 少しだけ、ホッと息をつく。じゃあ、もしかして今から帰れば間に合ったり、する? どうやら零一さんも同じことを考えてるみたいで、私のコートを手にしている。

「……タクシーを呼ぶか?」

 あ、そうか。零一さんもお酒飲んでたから……。
 その時。
 何気なく合わされた視線が──熱を持って絡みついたのを感じた。
 “このままで、いいの?”
 私の中で、もう1人の私が囁きかける。零一さんの動きも、止まっている。
 目の前にいるのは、最愛の人。……誰よりも大切な、かけがえのない人。私を大切に想ってくれてる、恋人。
 “ねえ。このまま帰っちゃって、ホントにいいの?”
 ドキドキドキドキ……。心臓の音が、やけにはっきり聴こえる。零一さんが、いつもの何倍も『男の人』に見えてきた。
 私、帰りたくないんだ。あの胸に、飛び込みたいって、そう思ってる。

「零一さん……私……」

 上目遣いに、零一さんの反応を伺う。
 ねえ。零一さんも、同じ気持ちなんでしょう? 私を、帰したくないって……そう思ってくれてるよね?

「瑠宇……」

 緋色の視線が、再び絡みいた。そのまま自然に、吸い寄せられるようにフワリと、零一さんの胸に飛び込んでいく。

「いいのか? もうブレーキなど効かないぞ?」
「私も、ブレーキ壊れちゃったみたいです」
「そうか……」

 クスッと笑うと、どちらからともなく唇を求め始めた……。


 こんな気持ち、知らなかった
 誰かを愛することで、こんなにも満たされる心
 こんな気持ち、初めて
 もっと近くへ
 これ以上ない位、貴方を近くに感じたい──


 止まらない……。どうしてこんなに、お互いを求めてしまうんだろう? 寄り添って。離れて。満たされて。暖め合って。自分だけじゃなくて、相手にも強く求められることがこんなにも切なくて愛しくて……。

「んっ……あっ、」

 幾度となく繰り返される深い口づけで、身体中の力が抜けていく。

「ふっ……んぅっ!!」

 漸く立っている状態の膝が、ガクッと崩れかかる。

「だ、め。……力、入ん、ないっ」

 零一さんの腕が私を支えてるのが分かる。

「すまない……。でも止まらない、んだ」

 耳元で、低く囁く声に私の身体がピクンと跳ね上がった。

「……どうした?」
「分かんない……何か身体がゾクッて、反応したみたい」
「ここ、か?」

 耳元に、今度は息が吹きかけられる。

「うきゃっ!?」
「ここが、弱いんだな?」
「れ〜い〜い〜ち〜さん!!」

 耳を押さえて涙目になる私を、それでも零一さんの腕は解放してくれない。

「もっと感じて欲しい……」

 また、だ。さっきみたいに身体の中でゾクッとする感覚。自分が自分じゃないみたいな……不思議な感じ。

「あっ……」

 首筋に押し付けられた唇から、身体に電気が走ったような衝撃を受ける。

「瑠宇──」

 耳に、優しく響く言葉。それは、たった一言で、この世で一番幸せな女の子になれる呪文……。

 “愛してる…”



 不意に、目が覚めた。冷えると思ったら……外は。
 窓の外は、雪。隣には、愛する人。
 ホワイトクリスマスだね……。クリスチャンではないけれど。聖なる夜に、思いを馳せて……。
 この想いが、熱に浮かされた一時のものではないことを。この先にある、2人の未来を。
 白く降り積もる雪に。そっと。祈った。



♪Silent night, holy night!
 All is calm, all is bright
 Round yon Virgin, Mother and Child
 Holy infant so tender and mild
 Sleep in heavenly peace
 Sleep in heavenly peace

(聖なる夜は、更けてゆく)


2016,March,2nd. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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