*一生に一度の運命の恋

 夢を、見た。

 時折フラッシュバックしていたあの記憶を決定づけるような、断片を繋ぎ合わせたような、そんな夢。懐かしいような、切なくなるような。感情だけが渦巻いていて。
 場所があの教会だということ以外は、鮮明ではない会話といつも一緒にいたらしき相手のぼやけた顔ぐらい。きっと私は、大切なことを忘れてしまっている。夢から覚めて、漸くそれだけは把握出来た。
 約束した、ことがある。あの教会で、いつも一緒にいたと思われる男の子と。その子の顔と名前すら思い出せず。約束がどんなものだったかなんて、もっと思い出せるはずもなく。

 入学式が始まる前に少し頭を整理したくて、ぼやけたままの記憶だけを頼りに敷地内を彷徨いてみることに。
 そして、フラッシュバックした記憶の中の教会に辿り着いた。ああ、ここだ。中にはステンドグラスがあって、神秘的な雰囲気がいかにも教会らしくて。ボーッと見上げる教会は、記憶のそれより少し古びてはいたけれど。その古さが逆に、懐かしさを倍増させてくれる気がした。
 そうやって、想いを過去に馳せて。突然、足元がぐらついたのを感覚としては理解する。が、反射神経とか身体能力的には壊滅な私に体勢を直すという高度な技を繰り出すことなど出来るはずもなく。
 ドッタン。見事なまでの転けっぷりで、痛い、の声すら出てこない。誰もいなかったのが救いだったかと、溜め息をついた、その時。

「……大丈夫か? 手、貸せよ」

 頭上から囁くような声が降ってきて。その声の主が……はばたき市の有名人『葉月珪』その人だったと知るのは、もう少し後のこと。


。。。。。


 入学式が終わり教室へ移動する。
 はば学は中学からそのまま上がって来た子がほとんどで、私のような編入組(一般受験組)は少ない。既にグループが出来てるようで、何だか話しかけづらい気がする。どうしたものかと、窓の外へ視線を向ける、と。

「ねえ!」

 突然肩をポンッと叩かれ、反射的に振り返った。

「えっ、はい !?」

 思わず裏返った声に苦笑するも、意に介さない様子で。

「あんたでしょー? 榊克敏(かつとし)と榊比奈子(ひなこ)の娘って」

 ズバッとストレートな質問を投げつけられた。
 いつかは来る質問だと思ってたけど、こうも遠慮なしで来ると清々しい気も。

「ちょっと、聞いてる?」
「あ、うん! そう。榊瑠宇です」

 何故か敬語になる。……まだ動揺しているらしい。
 両親が有名人。物心着いた頃から、それは当然のことだった。
 父は、世界を股に掛けて活躍するピアニストで(しかも無駄に童顔なイケメン)。母は大物アーティストを何組も抱えた音楽プロデューサー(こっちも負けずに美女)。環境も環境だけに、音楽に囲まれてきたから自然に自分も楽器を手にしていたという感じで。

「アタシ、藤井奈津実! ねぇ、友達になってよ。あんたも相当な有名人だよね? フルートだっけ。すっごい上手いんでしょ?」

 クリクリした瞳を輝かせて…奈津実ちゃんは一気に問いかける。

「そんな、有名人って程じゃ…」
「謙遜しなさんなって! おまけに美少女だもんね〜どっちかってーと、榊克敏似!?」

 そうか。どおりで、みんな遠巻きに私を見てたわけだ。とっくに私の情報(裏事情)はバレてた訳か。

「よろしくね! 瑠宇〜!」

 それにしても、悪びれない子だなあ、と圧倒される。多少は気を遣うとか、オブラートに包むとか全くないんだもの。こういうのって逆に好印象かもしれない。

「おっと先生来たみたい。また後でね!」

 手を振り、前に向き直って。一息つき。
 教室に入ってきた担任の先生を見た瞬間。

 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を感じた。

 え? 何この感覚。確かにすんごくカッコいい先生だけど。何なの、この異常なまでの動悸!? 速い、煩い、ってか痛い! 私、心臓の病気になっちゃったんじゃないだろうか?
 だって、葉月くんだってすんごいカッコいいのに、手まで触れたのにここまでときめかなかったっていうか……って、あれ? これってときめいちゃってんだ!? えっ、もしかして一目惚れとか……うわ、認識したら更に鼓動が速まった気がっ!

 氷室零一──カツカツと音を立て、整った字が黒板に書かれるのを熱を持った頬を抑えながら見つめる。
 そっか。氷室先生っていうんだ。数学担当、かぁ。うん、イメージ通りかも。私、数学苦手なんだよね。頑張らないといけないかも。
 ボーッとしながらも先生の話を一言一句漏らさずに(声もカッコいい)聴いている、と。

「……ん? そこの君。そう、君だ、榊!」

 突然のご指名。やばっ、ボーッと見とれてたのバレた!?

「スカーフが曲がっている。直しなさい」
「は、はいっ」

 ……慌てて直す。う〜恥ずかしい。第一印象から失敗ってヤツだろうか。先生、しっかりしてる子が好きそうだし。
 沈みがちな心境のまま、HR後に奈津実ちゃんに聞いたんだけど……氷室先生が噂の吹奏楽部・鬼顧問らしい。
 喜べばいいのやら嘆けばいいのやら。うん。でもやっぱり天は私に味方してるかもしれない! 前途多難な予感はあるものの、更なる接点が出来るってことだもの。

 ちなみに。付け加えておくと。葉月くんも同じクラスだった。
 自己紹介での周りの騒ぎようから、何となく察してはいたけど、葉月くんは有名人なんだということを聞いた。奈津実ちゃんに言わせると、単に孤独を愛するすましたヤツ……らしい。(好みじゃないそうだ)
 会ったばかりの私にはよく分からないけど、初対面の女の子に助けの手を差し伸べることの出来る優しい人だってことだけは知っている。



────It is a surely , start of romance.

(それは、きっと……恋のはじまり)


2009,September,9th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.



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