*貴方は私の宝物
貴方にとっての私が宝物だというのなら、私にとっての貴方もかけがえのない大切な宝物。
贈り物よりも何よりも、貴方がいてくれることこそが大事なの。
12月15日──私の誕生日であるこの日、零一さんの存在の大きさを改めて認識させられる事件が起きた。
一生分の涙を流したんじゃないかと思える程の哀しみと、そして胸いっぱいの喜びを感じた……長い1日。
◆AM11:30 教室◆
期末試験も終わり、教室内は迫り来る受験に向けて勉強ムード一色に変わってきている。3年生は午前で授業が終わりだが、その最後の授業である今の時間も自習になっている。
私は苦手科目の数学のプリント(零一さん特製)とにらめっこしつつ、何気なく窓の外へ目を向けた。
「救急車……?」
いつの間に到着したのか、正門付近に救急車が停まっている。
「誰か、急病?」
後ろの座席にいる珪くんの呟きが聞こえ、嫌な予感がした。ここ数日、零一さんが顔色悪くてフラついたりしてたことを思い出したからだ。
零一さんは簡単に弱音を吐いたりする人じゃない。何か悪い病気にでもなってるのに、それを極限まで我慢しているとしたら? あどうしよう、悪い方に考えがいってしまう。
その時。教室のドアが勢いよく開いて。
「瑠宇ちゃん!! 大変や!」
姫条くんが血相を変えて走ってきて、私の予感が的中したことを、告げた。
「取り乱さんで、聴いてくれ」
その声色は、常とは180度違う緊張感に満ちていた。
◆PM0:30 病院ロビー◆
姫条くんは、体育の授業中に抜け出して偶然零一さんが運ばれるのを見たらしい。傍にいた他の先生を捕まえて事情を訊き、真っ先に私に伝えに来てくれたのだ。
“氷室先生が倒れて運ばれた”
その衝撃的な事実は瞬く間に校内を駆け巡り、私はその混乱の中……ようやく零一さんが運ばれた病院へと辿り着いた。
でも、さっきからロビーの隅で立ちすくんでしまっている。大したことはないのかもしれない、いや実は気づいていなかっただけで重病なのかもしれない。……どうしようもなく、不安が込み上げる。零一さんにもしものことがあったら。命に関わるような病気が見つかったのだとしたら。まさかもう二度と会えないなんてこと! 変な想像ばかりが、頭の中で渦巻く。
「瑠宇ちゃんっ」
背後から声がして、ハッとする。振り向いた私はそこに華枝さんの姿を見つけ、そのまま衝動的に華枝さんの胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくってしまったのだった。
「──大丈夫?」
少し経って、華枝さんは優しく声を掛けてくれた。
「ごめんなさいっ。取り乱しちゃって、恥ずかしいです」
「いいのよ。全く、瑠宇ちゃんを泣かせるなんて……あんのバカ息子っ!!」
「バカ息子って……。あ、そういえば零一さんの病状はどうなんですか?」
華枝さんは珍しく、う〜〜ん、と言葉を濁す。
「あの子らしくないとは思うんだけどね。ただの過労よ、過労。日頃から体調管理出来ないのは弛んでる証拠、なんて生徒たちや私にまで言ってるくせに、全く何を根詰めて働いてたのやら」
「過労……?」
少しだけホッとして、全身に入っていた力がスルッと抜けていくのを感じる。
「あれ、でも何でわざわざ救急車で??」
「ああ、そのことね。あの子、倒れたからって黙って寝てるようなタイプじゃないでしょ? 理事長が手配して病院に強制連行ですって。さすが天之橋くんだわ、零一のこと分かってる!」
ああ、それで救急車のサイレンが鳴らなかったのか。
「私はちょっと荷物取りに戻るから、瑠宇ちゃんは零一に付いててくれる? いつ病院から脱走しないとも限らないし」
「あ、はいっ」
本当に抜け出すかどうかは別として、私としても零一さんの傍に付いていたかった。自分を落ち着ける為にも。……ところが。
「零一さんっ!?」
病室に入るなり、零一さんが早速起き上がろうとしている姿が見え、咄嗟に驚きの声を上げた。
「る、瑠宇!?」
慌てて寝直してるれけど、やっぱり抜け出そうとしてたのがバレバレだ。
「零一さん!? 人に散々心配かけといて、まだ懲りてないの!?」
「あ、いや、その……」
済まない、とポツリと呟く声が聞こえた。
「ホントに、心配したんだからっ」
零一さんの顔を見てたら、止まった涙がまた溢れそうになる。
「だから、せめて大人しく寝てて下さいっ」
「分かった……」
ホッと溜め息をつき。心なしかまだ顔色がよくない零一さんを、ジーッと見つめる。
「瑠宇……」
心配かけて、済まなかった……そう苦笑しながら続けた零一さんに、私は力ない微笑みを返すことしか出来ない。
「結局、俺の行動は無意味になってしまったな……」
「え? 無意味、って?」
「今日は、何の日だ?」
ハッ、として思い出した──今日は、私の誕生日だということを。混乱の中、すっかり忘れてしまっていた。
でも、それと過労と何の関係があるというのか。首を傾げる私を見ながら、零一さんはゆっくり起き上がった。
「あっ。寝てなくちゃ……」
「大丈夫だ。もう、病院を抜け出したりもしないしな」
そして、少し息を落ち着けると。私に問い詰められた零一さんは、過労の原因について漸く口を開いた。
「ここ数日、色々と片付けなくてはならない書類関係が多かった。いつもの俺ならば、淡々とそれらをこなし体調を崩すようなことはなかっただろうな」
「じゃあ、どうして?」
「君の誕生日の為に、準備していたことがあった」
「……準備、ですか?」
「君が俺にくれた曲を、オルゴールにして贈ろうと思っていた。郊外にある専門の工房に連日通いづめて、何とか完成にはこぎつけたのだが、」
倒れているようでは意味がないがな、と続けると溜め息をついた。
「じゃあ、私の為に無理してたってことじゃないですか!! 零一さんは大バカですっ!」
「瑠宇……」
「私、零一さんにもしものことがあったらって物凄く心配したのにっ」
困惑する私の横で、零一さんは壁にかけてあったスーツに手を伸ばす。そして、取り出した小さな箱を私に差し出した。
「格好がつかないが……もらってくれないか?」
受け取らない訳、ないじゃない。半分涙目になりながら、手を伸ばした。
零一さんのことを想いながら、零一さんの為に作った曲が、今度はオルゴールになって私の手元に。私にとっては、どんな高価なブランド品や宝石よりも嬉しい贈り物。
でも。今日、私は悟った。
贈り物よりも何よりも、傍に大切な人がいてくれることこそが大事なんだってこと。
「ありがとう……」
「瑠宇」
ベッドの脇に腰掛け、軽く零一さんにキスをする。
「早く、元気になってね。それが私にとっての、ホントの意味でのプレゼントだと思って下さい」
「ああ、そうだな」
「元気になったら、またフルートでこの曲聴かせてあげる。あ、零一さんも一緒にピアノ弾くってのはどう?」
「そうだな。久しぶりに合わせてみるか……」
18歳の誕生日は泣いて、笑って、微笑んで──。
長かった忙しい一日は、生涯忘れることの出来ない大事な誕生日になった。
……貴方にとって、本当に大切な宝物って何ですか?
────If fine you have in the next, besides I need nothing.
(ずっと、ずーっと元気でいて欲しいの)
2016,February,28th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.