*君は僕の宝物

「え〜と、ここは、やっぱり……」

 ピアノの前で、頭を捻ること数時間。実は、初めての作曲にチャレンジしてたりする。

「ん〜、待てよ? ここはE♭の方がいいかな〜」

 何だかやけに、独り言が多くなっている気がする。時間も足りないから、煮詰まってるんだと思う。確実に。
 ──来週は、零一さんの29歳の誕生日。プレゼントを何にしようか考えていた時に、ふと曲を贈ることを思いついたのが始まり。これが想像より遙かに難しくて苦戦してしまっているのだ。

「おーっ! ついに瑠宇も曲作りに目覚めたのかい?」

 ひょいっ、と父が顔を覗かせた。

「なかなか巧くいかないんだけど……」
「誰でも初めはそんなモノさ」

 今でこそピアニストとして活躍し、自分の曲も数多く作っている父。そんな父にも、駆け出しの頃は確かにあったのだ。

「段々コツを掴めるようになるさ。僕の娘だし、ね」
「それって、プレッシャーかけられてる気がする……」
「曲には“心”が必要なんだ。それが確かに込められていたら、瑠宇にとってのいい曲になるはずだよ」

 思ったより真面目なアドバイスを送られ、私は咄嗟に言葉を返すことができなかった。頑張れよ〜と手を振りながら、父は去っていき。さあどうしたもんかと、結局頭を抱える羽目になってしまったのだった。

。。。。。

 零一さんのマンションの前に、立ち往生すること20分強。
 家に来ていた華枝さん(零一’s母)に零一さんへの届け物を頼まれ、マンションの場所を訊いてやってきたのだけど……。初めて訪れた零一さんの自宅は、高そうなマンションの最上階らしく。車も高そうな物に乗っているし、零一さんってやっぱり普通の教師とは金銭感覚が違う気がする。
 そして、今日は零一さんの誕生日当日だ。あれから頑張って、かろうじて間に合った曲の楽譜と。それを演奏する為のフルート……その上に華枝さんから預かった書類。両手に荷物を抱えたままの20分強、だった。
 漸く覚悟を決め、マンションのインターホンを押そうとしたその瞬間──。

「瑠宇、何故君がここに?」

 いつの間にか背後に立っていた零一さんに、突然声をかけられた。

「きゃ、きゃ〜っっ!!」
「人を化け物みたいに……。入口で騒ぐと人が集まる。静かにしなさい」

 苦笑しながら、零一さんは私の持っていた書類に気づいてヒョイッと取り上げる。

「……なる程な」

 私が華枝さんから頼まれて持ってきた書類。何やら大事な書類だってしか聞いていないのだが。

「……まんまとあの女の策にハマったようだな?」
「へっ?」
「見てみなさい」

“Happy birthday!プレゼントは手元に届いたかしら?”

 プレゼント……? 頭を捻って考えた末、辿り着いた答えは。

「私が、プレゼント?」
「やっと理解したか」

 華枝さんと母が手を取り合って喜んでいる姿が、目に浮かぶ。母が、先日の零一さん訪問の時に長居をしなかったことを不満そうに華枝さんと話していたのも思い出した。

「……まあいい。このまま立っていても仕方ない」

 来なさい、そう言った零一さんの腕がすっと伸びて。
 自然に背中に手を回され、エスコートするかのようにマンションのエントランスへと招き入れられた。いつ、オートロックを解除したのかも気づかなかったくらい、自然な流れで。


「では改めて! 零一さん、お誕生日おめでとう〜」

 零一さんの部屋に入って暫くは、身の置き所がなくて落ち着かなかったのだが。気を取り直して、やっと切り出した。

「誕生日、か。今更祝うような歳でもないのだがな……」
「零一さんったら、去年も同じようなこと言ってましたよ?」
「そうか、あれから既に1年経ったのだな?」
「そうだよ〜。あっと言う間だった!」

 懐かしく思い、2人で想い出話を始める。──その時、私の視界にグランドピアノが入った。

「あ〜っ! うちのより大きい!」

 豪華な部屋には大きなグランドピアノ。本職ピアニストがいる家よりも立派なピアノだ。これは零一さんの両親の力も大きいのだろう。

「……全く。何を言い出すかと思えば」
「えっ?」
「いきなり大きさの話をされるとは思ってもみなかった」

 あはは……普通はしないかな、やっぱり。

「そういえば、今日はフルート持参のようだな? それに、それは楽譜か?」
「あ、大事なことを忘れるトコでしたっ!」

 慌ててフルートをケースから出して組み立て、楽譜を差し出した。
 零一さんに贈る曲。私が初めて作った、大好きな……大切な貴方を想って書いた曲。
 初めてにしては、いい曲が出来たと思う。シンプルだし、そんなに技巧的でもないけど“好き”っていう想いだけが曲になったようなもの。

♪〜
 ラストまで吹き終えると……今までのどんな表情よりも穏やかで優しい微笑を浮かべた零一さんが、そこにいた。


 後ろから抱きしめられた状態で、夜景の見える大きな窓の前に立つ。甘い吐息を耳元に感じながら、早鐘を打つように鳴り響く自分の心臓の音を聴き続ける。

「君にはいつも驚かされてばかりだ」

 不意に零一さんが呟いた。

「これ以上はない位に君のことを愛しく感じたと思っても、また次の瞬間にそれ以上の愛しさが俺の中を駆け巡る。自分でも抑えきれない想いがあることを改めて思い知らされているようだ」

 優しく髪を撫でる手が心地いい。

「私だって、同じだよ?」

 零一さんの手を振りほどき、クルリと後ろを向く。上目遣いに零一さんの瞳を見つめ、眼鏡をそっと外した。

「最初はね、このレンズの下に隠れていろんなモノが見えなかったの。でも、段々ホントの零一さんが見えてきた。厳しい言葉の裏にある優しさや、さりげない心遣い……真実の零一さんが見えれば見える程“好き”って気持ちもどんどん膨らんでいくの」
「瑠宇……」
「私、零一さんを好きになって良かった。きっと零一さんは、私にとって最初で最後の最愛の人」

 零一さんの両手が、ゆっくり私の頬に触れる。

「全く君には……敵わない」

 瞼に触れる唇。そして耳元に、更に深く重なり合う唇。頭の奥が痺れるような、甘くとろける感覚に身を委ねる。

「瑠宇……」

 熱い吐息が首筋から下に降りてくるのを感じ、思わず身を強張らせてしまう。どうしよう──頭が真っ白になっていく。



 ……あ、れ?
 横になっていたらしいことにだけ気づき、ガバッと慌てて起き上がった。

「零、一さん?」
「大丈夫か? 気を失ってしまったのだが……」

 ヒヤリと冷たい零一さんの手のひらが、額に触れる。記憶をリプレイしてみると。思い出せるのは、忘れようもなく赤面モノの自分の痴態。そ〜っと零一さんを覗き見ると、コホンと咳払いしている。小さく、やり過ぎた、という反省の言葉が聞こえてきた。
 それから私たちは、残りの時間をゆっくりと過ごして夜になり。
「君が傍にいる……それだけで、たくさんの幸福を感じている。これから先の俺の誕生日は、君さえ隣にいてくれたら、永遠の幸福を約束されたようものだ。──忘れないでいて欲しい。君の存在そのものが、俺にとっての宝物なんだということを」

 もう一度、気を失ってしまうんじゃないかと思うくらいの言葉を、零一さんは私にくれたのだった。



────I make you relieved anytime. Because you're my treasure.

(大切で、大事で、ただ一人の、最愛の貴方。)


2016,February,28th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.

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