*あなたを知りたい

 考えてみたら、私って零一さんのことをあまり知らないんだな〜って、最近特に感じるようになった。確かに前よりは、たくさん近づけたかとは思う。でも、昔の零一さんのこと、私と過ごす時間以外のプライベート……。零一さんがどういう人なのかを、もっともっと知りたいという欲望が私の中を駆け巡る。
 受験に集中しなきゃならない時期でもあるのに、零一さんに知られたら叱られそうだけれども。


「ねぇ! るーに耳寄り情報あるんだけど〜♪」

 昼休み、なっちんがタウン誌を片手に現れた。

「私に?」
「そうよー。しかも、とっておきのヒムロッチ情報なんだけど〜!!」

 とっておき? なっちんが言うからには、かなりの情報だと見た。

「ここ、ここ。見て〜このお店!」

 バサッと置いたタウン誌を覗き込んでみれば。結構感じのいい、ジャズbarが写っている。

「あ、この人零一さんに似てる……って、もしかして、これ!?」
「ふっふ〜ん。ちょっと写真小さいんだけどさ、多分ヒムロッチだよねっ。ジャズbarでピアノ演奏! 瑠宇も知らなかった新事実よね〜?」

 零一さんがジャズ好きなのは知ってたけど、こういうところでピアノ弾いてたなんて全然知らなかった。

「なっちん……私、ここに行ってみたい!」

 タウン誌を握り締め、私は立ち上がった。

「そうこなくっちゃ! あんたならそう言うと思ったのよ〜。なんなら今夜、行ってみる? 奈津実さん情報によると、週末……つまり金曜日にヒムロッチがいる確率高いみたいなのよ」
「ホントっ!? 行くっ!」

 ……こうして、私の知らない零一さんの姿を求めて、夜のジャズbarへと足を踏み入れることになったのだった。

。。。。。

 心地よい音楽──お酒の匂い。いつもより大人っぽい服装に、軽いメイク。ちょっとした、冒険気分だ。高校生ってバレたら、追い出されちゃうんだろうか?

「はぁ〜実物も雰囲気いいじゃん!」

 なっちんは店内を見回している。

「お気に召してもらえたかな? お嬢さん方」
「えっ!?」

 ビクッとして振り向くと、バーテン風の男性がニコニコしながら私たちを見ていた。

「もしかして店長さんっ?」

 なっちんは積極的に話しかけている。

「マスター、でいいよ。君たちは、タウン誌を見て来てくれたのかな?」
「そうで〜す!」

 爽やかな笑顔に優しい印象…。
 そうかぁ〜ここのマスターさん! カッコいい人だなぁ〜。

「あれ? 君……」
「はい?」

 マスターさんが私をジーッと見ている。……何だろ?

「いや、何でもないよ。ゴメンね」
「はぁ……?」

 気になるなぁ〜。前に会ったこと、ないし。誰かに似てるとかだろうか?

「そうだ。何か飲むかい? もちろんノン・アルコールでね」
「え〜っ!?」

 なっちんが残念がっているけど、やっぱり未成年ってのはバレバレのようだ。
 ──改めて、店内を見回してみる。確かに私たちじゃ、こういう素敵な雰囲気の中では浮いてしまってるかもしれない。零一さんなら、彼とつり合う大人の女性なら……この雰囲気の中に溶け込めるんだろうけど。

「おっと……。ちょっと失礼。知り合いの登場だ」

 マスターさんが入口の方に手を振っている。そちらを、何気なく振り返ってみる、と。

「る、瑠宇ーっ!?」
「えっ!? は、はいっ」

 考えていたら本物の零一さんが登場! すっかり本来の目的忘れてたけど、零一さんがここに来るのを待ってたようなものだったんだ。

「な、何故、ここに!?」

 明らかに動揺する零一さんを見ながらなっちんがニヤついている。

「なあにぃ〜? ヒムロッチ、やましいことでもあんのぉ?」
「藤井……お前か。彼女をここに連れてきたのは」
「来たい、って言ったのはるーだも〜ん。アタシはそれに着いてきただけっ」

 零一さんは、深い溜め息をついて私に視線を投げ掛けた。ああ、怒ってるだろうな、やっぱり。

「まあ来てしまったものは仕方ないが……未成年が出入りする店ではない。早く、ここを出るんだ!」

 やっぱり、怒ってましたか。ホントは、ピアノ弾く零一さんを一度見てから帰りたかったんだけど。

「まあ、そんなにカッカするなよ、零一!」

 黙って見ていたマスターさんが間に入ってきた。あれ……マスターさんと零一さんって?

「そうか〜。やっぱり俺の勘は正しかったな」
「な、何がだ?」
「彼女が零一の大事なコなんだろ? 見た瞬間、お前が話してた印象にあまりに重なったもんだからさ。もしやと思ったんだけど」
「えっ……」

 マスターさんが私を見てたのって、そういう理由だったのか。それって、零一さんがマスターさんに私のことを話してくれてたってことで──。

「余計な事を言うな!」

 顔が段々赤くなっていく零一さんを、マスターさんとなっちんが更にニヤニヤと見ている。

「ヒムロッチのこの顔見れただけで、ここに来た価値充分〜」
「確かに、零一のこんな表情は貴重だな。写真撮っておこうかな?」

 2人の気持ち、分かる気はするけど、私はどう反応したらいいのやら? 苦笑しながら、零一さんを見上げると。零一さんもまた、何だか困ったように苦笑を浮かべていたのだった。

。。。。。

「何だってまた店に行こうと思ったんだ? 行きたいなら俺に一言……」
「ダメって言うでしょ〜? どうせ」
「む。それはそうかもしれないが」

 それに、私の知らない零一さんが見たかったというのが一番だったのだ。零一さんにバレてたら意味がない。

「雑誌に写真が載っていたとは……。俺としたことが迂闊だったな」
「なっちんだから見つけられたんだけどね〜」
「藤井め……」

 結局、あの後。マスターさんと盛り上がってるうちに零一さんの昔の話になっちゃって、零一さんが強制的にストップをかけて。続きを聞きたがる私となっちんを引っ張って、帰る羽目になったのだった。

「マスターさんとは長いつきあいなんでしょ?」
「そうだな」

 幼い時の零一さんも知ってるんだよね〜マスターさんは。少し、羨ましいかも。
 なっちんを先に車で自宅に送り届けた今は、ちょっとしたドライブだ。最近一緒に過ごす時間を意図的に減らしてるから、思いがけないデートになった気分だ。

「……久しぶりだな。君が助手席に座っているのも」
「他の人、乗せたりしてませんよね?」
「……ここは、君の指定席だ」

 ちょうど、車が私の家の前に着いた。零一さんは身体を捻り、私に軽くキスをした。

「まだまだ俺も、辛抱が足りないな。修行不足だ」
「零一さん……」

 私が、会うことを制限したから。受験までは、って言ったから我慢してくれてるんだよね? 私だってもっと零一さんに触れたいと思ってるのに。今も“もっとキスして”って心では願ってた。

「さあ、もう遅い。家に戻りなさい」

 少しだけ先生の顔になって、零一さんは私を促した。物足りなさを感じながら、ゆっくり車を降りると──。

「あら? 瑠宇じゃないの。今、帰り〜?」

 ドキ〜ッ! 振り向くと、ちょうど母が立っていた。

「ほぉ〜。その車は零一くんね! やるじゃん瑠宇ったら〜。ねぇ、零一くん。せっかくだから上がっていきなさいよ」

 えぇっ!? 何言い出すつもりっ!? 零一さん、困ってるし。

「はい〜素直に従うべしっ。瑠宇の部屋、入ったことないでしょ〜? あたしがいい、って言ってんだから着いてきなさいっ!」

 誰か……この人、止めて下さい。

。。。。。

 参ったな……。零一さんは私の部屋に入るなり、大きな溜め息をついた。

「ごめんなさい〜。お母さん、いっっっつも強引で!!」
「いや、比奈子さんがああいう人だとは分かっているんだが。その、落ち着かなくてな」

 立ったまま視線が何だか定まらなく、落ち着かない零一さん。

「まさか、いきなり君の部屋に入ることになるとは……」

 強引な母のせいとはいえ、真夜中に零一さんが私の部屋にいるだなんて……物凄い非常事態だ。

「そういえば、尽くんは留守みたいだな?」

 隣の部屋の方をチラリと見る。
「友達の家にお泊まりみたい。週末は、ゲームしまくるとかでしょっちゅうなんです」
「そうか……」

 会話が、続かない。というか、尽もいないということで、益々気まずい空気を生み出した気がする。
 下には母がいるとはいえ、協力はしても邪魔なんてしないだろうことは分かる。ど、どうしよう……?

「……瑠宇」
「は、はいっ!?」

 ビクッと飛び上がる私を見て、零一さんは吹き出した。

「そう構えなくてもいい。大丈夫だ、何もしないから」
「えっ……」

 おいで、と零一さんが手招きする。誘われるように、素直にその腕の中に収まってしまった。

「ゆっくりでいい。……父にも、釘を刺されたことだしな」

 軽く額にキスを落とし、零一さんはフワリと私を抱きしめる。

「これから時間はたっぷりあるはずだ。急ぐことではない」

 今はまだ──そう続ける零一さんの瞳の奥に、静かな焔が揺らいで見えた気がした。少しドキドキする胸を押さえつつ、ゆっくり見上げる。

「だから今日は、こっそり帰ることにする」

 零一さんの胸に身体を預けていた私は、ハッとして、そのまま腕を首に絡めて抱きつく。

「瑠宇? どうかしたか?」
「さっきの続き……」
「はっ?」

 目を閉じて、ゆっくり零一さんの唇に自分の唇を重ねた。

「っ!?」

 零一さんが、もう帰るなんて言うから……私の精一杯の抵抗、だ。

「……このまま帰るつもりだったが、まさか、君から火を点けられるとはな」
「ダメ、ですか?」

 ふっ、と軽く笑ったかと思うと。今度は零一さんが唇を求めてきた。私の拙いキスよりもっと激しく、情熱的に。

「んっ……」

 今までになく、零一さんの熱さを感じる。舌が絡まり合い、お互いを求めていく。

「んっ……ふっ……」

 次第に零一さんの動きについていけなくなり、身を委ねる形になった。

「あっ──」

 唇を離れ、零一さんが耳元へ口づける。瞬間、ピクンと身体が跳ね上がった。

「ダ、メ……」

 熱い息遣いを感じながら、身を捩らせる。

「っ!」

 首筋を這うように舐め上げられ、力が抜けて立っていられなくなる。

「れ、いちさ……」

 胸元に降りてくる熱い息。このまま、溶けてしまいそう──。

「今日は、ここまでだ」

 いつの間にか零一さんは外していた眼鏡を掛け直していて、涼しい顔で私を見下ろしている。

「……えっち」

 まだ荒い息を吐きながら、胸元を押さえる。見えないけど、きっとそこには紅い痕が残っているはず。さっき感じた甘い痛みは多分……。

「何とでも言いなさい」
「う〜。急がないんじゃなかったの!?」
「だから今日はここまで、だ」

 すっかり帰る支度を済ませた零一さんは、ドアに手を掛けた。

「次に俺の理性が保つかは、分からないがな」

 意味深な台詞を残し、去っていく。……次って、それって。

「えぇーっ!?」

 今日以上のこと、を想像してしまって気を失いそうになる。何度キスしたって、いつまでも耐性なんかつかないのに……それより、もっと、だなんて。


 ──一方。
 その後、零一さんが車に戻ってから本当の意味で冷静になるのに苦労していた……ということを私は知る由もなかった。
 緩やかに進んでいた2人の関係が、やっと動き出した。……そんな夜の出来事。

 “あなたを知りたい”

 初めは、そんな想いから。



────Can I think it was brought close to you more?

(私の中の貴方への想いが、溢れそうなくらいに膨れ上がって抑えきれなくなりそうです)


2016,February,23rd. ; rewrite. @ Ruri.Asaoka.

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