*Promise

 久しぶりの日本……そして、愛しい人々。日本に戻ったらまた4人で会おう──そう交わした友人との約束をふと思い出す。

「元気にしているだろうか……?」

 お互いに忙しい仕事なだけに、数年に1回会えればいい方なのだが……。

「センセ! どうかしました〜?」

 フルートを吹く手を止めた李々香くんが、私を上目遣いに見上げている。

「ああ、大したことではないよ。日本も久しぶりだと思ってね」
「またぁ〜ホントは愛しい奥様に早く会いたいとか!?」

 全くこの子は……見かけと違い口が悪いというか。苦笑しつつ、楽譜に視線を戻す。

 私は、氷室蒼一郎。世界を股にかけた指揮者・作曲家として、日本に戻ることがほとんどない生活を送っている。
 現在は若い演奏家たちのプロデュース業も行っており、今回の帰国は、この真崎李々香くんの凱旋コンサートの為によるものだ。

「センセの奥様って、昔ピアニストだったんでしょ?」

 どうやら、李々香くんの話は続いていたらしい。

「すっっごい美人なんだってね〜。しかも結構年下らしいし!」
「全く君は……何処からそういう情報を仕入れているのだ?」

 まさかここで妻の話を出されるとは。昨夜、国際電話で早く会いたいと甘えた妻の声を思い出し、少し顔を赤くする。私も会いたいのは同じ気持ちだ。だが、今は仕事が先で……。

「センセ〜また妄想中〜?」

 ニヤニヤする李々香くんの頭を無表情のまま、ペシンと叩いてやった。

「あまりヒトをからかうものじゃない。さっさと仕上げをしてしまいなさい」
「は〜い。センセの照れた顔って貴重なもんだから、ついつい調子に乗っちゃった!」

 李々香くんは、そう笑った。そうか、私は照れた顔をしていたのか……。

『比奈子たちとの約束、覚えてるわよね?』

 妻の華枝が、昨夜私に言った台詞だ。
 ああ……覚えているとも。私たち4人は、10年経っても20年経っても、この友情は永遠だと誓い合った仲なのだからな。

。。。。。

 臨海公園内にあるホテル最上階のレストラン──。目の前には、昔の面影を残したままの友人たちが勢揃いしている。

「久しぶりなんだな、本当に」

 しみじみ呟くと、全員が“うんうん”と頷いた。

「カッちゃんの海外遠征も多いけど、蒼一郎さん程じゃないもんね〜。4人が揃うのって珍しいことよ〜ホント」

 そういう比奈子くんも、売れっ子の音楽プロデューサーだ。忙しさで言ったら、私や克敏以上だと思うのだが。

「蒼は僕と違って、本業以外でも頑張ってるからね。今回は、あの子だろ? 真崎李々香くん」

 克敏は目を細めてニヤついている。

「な、何だ? 克敏……」
「いや〜彼女、零一くんの先輩なんだって? 蒼も何だかんだ言って、息子のことを思ってるというか」
「なっ! 李々香くんのことと零一は……」
「関係ない、と言い切れるのか?」

 くっ……。この男は飄々としているだけかと思えば、鋭く突っ込んでくる。全く、読めない男だ。
「ふふ。その位で許してあげて、克敏さん」

 華枝に言われ、克敏はペロリと舌を出した。その表情は、とても高校生の娘がいるとは思えない程に幼く見える。

「蒼はからかうと面白いからなぁ〜ついつい」

 何処かで、聞いた台詞だ。……ああ、そういえば李々香くんにも似たようなことを言われたばかりだったか。

「でも、零一くんとも長いこと会ってなかったんでしょ? どうだった?」

 今日、久しぶりに会った我が息子は。昔の自分を見ているかのような錯覚に陥る程、私によく似ていた。

「華枝の言った通り、若い頃の私を見ているようだったな」
「でしょ〜? これぞ遺伝子の力よねっ」

 はしゃぐ華枝を見ていると、やはりここでは言えないか……。その零一が、私の引き合わせた李々香くんと昔、恋人関係にあったことで……友人夫妻の愛娘を傷つけてしまったことなど。
 言えるはずも、ない、な。

「ふふふ〜瑠宇と零一くんがこのまま一緒になってくれたら、私たち親戚なのよね〜!」

 ああ、比奈子くん。今、その話題を出されるのは正直痛い。

「瑠宇ちゃんが私のこと“お義母さん”って呼んでくれるのよね〜。私、ずっと娘が欲しかったのよ〜!」

 ああ……華枝まで。ここには事情を知る者は誰もいないのだから、私だけが針の筵状態だ。

「んっ? どうかしたか、蒼? 顔色が悪いぞ〜」

 すまない克敏。零一には、後できつく言っておく。
 だから、今は──これ以上突っ込まないでくれ。頼むから。

。。。。。

「一時は、どうなることかと思ったよ……」

 李々香くんを連れ、オーストリアに飛び立つことになったその日。零一が、私の前にやっと姿を見せた。

「私が克敏や比奈子くんの前で、どれ程ハラハラしていたか分かるか? このバカ息子!」

 思わず父親の素の顔に戻ってしまい、隣にいた李々香くんを唖然とさせてしまった。

「せ、センセがバカ息子って言った〜!?」

 自分でも驚きだ。息子をバカよわりしてしまうとは。

「すみませんでした……」

 零一は、深々と頭を下げた。謝らせたかった訳ではないのだから、こちらも正直居心地が悪くなる。

「頭を上げなさい、零一」

 私は零一の肩に軽く手を乗せた。
「……その、なんだ? 今後は気をつけなさい、ということだ。瑠宇ちゃんは、私の大切な友人の娘だからな。将来的には私の娘になるかもしれないことだし」
「父さん!?」

 零一のこういう顔を見るのもまた、複雑なものだな。からかっておきながら考えることでもないのだが。

「だがな、零一。くれぐれも健全なつきあいをすることだ。世間の目からすればお前は教師で、彼女は生徒だ。私が言わずとも分かっているだろうが……」

 どうも説教臭くなってしまう。普段から父親らしいことは何一つ出来ていないというのに、こういう時だけ父親面してしまうのもどうかと思うのだが。

「肝に、命じておきます」

 妙に慌てた様子の零一を見て、私は思わず吹き出してしまった。お前も男だからな、辛いだろうが今は耐えなさい。

「頑張れよ、息子」

 ククッ、と笑いを抑えきれない私を、李々香くんが……また唖然とした顔で見ている。

「センセ! 何か変なモン食べた!?」

 失礼な。私は至って正常だ。
 零一と瑠宇ちゃんを見ていると、昔の自分たちを思い出す。華枝とも色々あったが、それも既に過去の思い出話だ。
 友情を誓い合ったあの日から、30年にもなるのか……。"10年後も、20年後も、離れていても友情は永遠に変わらない”という約束。まさか、お互いの子供が惹かれ合うとは思いもよらなかったが……これも、友情の深さによるものなのだろうか?
 また日本に戻ってきたら、愛すべき友人とそして妻と……。今度は、子供たちも交えてゆっくり過ごすのも悪くないかもしれないな。



2016,February,23rd. ; rewrite. @ Ruri.Asaoka.

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