*カーテンコール;on stage
ついに──定演当日がやってきた。
会場の中は人でごった返している。売り出したチケットはほぼ売り切れで、当日券も完売したらしく。ついには立ち見の人まで出る始末。何だかすごいことになっている。それだけ注目、または期待されてるってことなんだろうけど。これで期待外れの演奏になったら、シャレにならないだろう。気を引き締めていかなければならない。
「──それでは。悔いの残らないように、いつも通りの演奏をしましょう! 気持ちを一つにして、音だけじゃない、心のハーモニーも忘れずに。……それと、3年生の皆さん。私を含め、今日で引退のみんなは楽しんで行こうね。まだ夏まで残ってくれるみんなも、最後に最高のハーモニーを作り上げましょう! ──では各自、席について下さい」
部長として、定演直前の挨拶をした。いつも通りに、そして楽しく元気に。聴きに来てくれた人たちの為にも、そして何より自分たちの為にも、精一杯頑張ろう!
そして──最後の定演の幕が、上がった。
第1部:クラシック
オーソドックスに数曲。耳になじみのある曲も交えて、コンクールで演奏する予定の曲も御披露目を兼ねて、着実に。
第2部:ジャズ
これはもう、先生の趣味としかいえないかもしれない。小編成のジャズバンドスタイルで、金管楽器をメインに。派手さとしっとりさを融合させて、ちょっと大人のムードで。
……残念ながら先生のピアノはなしで、私的には物足りない感じだったのだが。
第3部:ポップス
やっぱりメインはここでしょう! 歌あり踊りあり。流行の曲から映画音楽まで、多数のナンバーが続く。賑やか担当の2人によるMCも入ったりして。場内は、歓声や手拍子で大盛り上がりとなった。
そして。最後の曲が静かに終わり……拍手が鳴り響く中、再び幕は下りた。
アンコールを要求する歓声が遠くに聞こえてくる。
アンコールの予定は、私のフルートソロも含んでいるというのに。さっきから、足の震えが止まらないのだ。感激やら興奮で、胸がいっぱいになってしまった。
そんな私を、3年生の引退組が集まって叱咤激励しながら取り囲む。
「るー! まだ泣いてらんないよ? みんなるーの演奏待ってるんだからね!」
「ホラ……先生も待ってる」
いつの間にか溢れてしまった涙に、やっと気づく。そして、先生の視線にも。
「そうそう。急遽、先生がピアノ伴奏してくれることになったわよ!!」
「えぇーっ!?」
予定だとバックはみんなの演奏だったのに。っていうか、先生ったら自分で演奏はしないとか言ってたクセに!
「私たちが説得したのよ〜。息の合ったプレイをもう一度聴きたかったからねっ」
「そうそう。クリスマスパーティーの盛り上がりをもう一度、だよっ!」
「みんなぁ。うぅっ。先生も……」
余計に涙が出てきたような気がする。追い打ちをかけるように、先生が隣に立って肩を支えてくれたし。安心したのか、かえって興奮しちゃったのか。自分でも、何が何だか分からなくなってしまう。
「さあ、カーテンコールだ。準備はいいか?」
「は……はいっ!」
グッと涙をこらえ、会心の笑みで返事をする。そうだ、ステージはまだ終わっていないのだ。心を込めて、演奏しなくちゃいけない!!
。。。。。
全てが、終わった。
お客さんも全て去り、静まり返った場内。ステージ上で立ち尽くし、放心状態になっていた私の頭に先生の手がポンッと乗せられた。
“よくやった”
何も言わなかったけど、瞳がそう語っていた。
「みんな外に行ったぞ。お礼の挨拶に行くのだろう?」
「うん……早く行かなくちゃいけないですよね」
定演の終了後は、毎年恒例で。会場の外に出てお客様に“ありがとうございました”とお礼の言葉を全員で贈ることになっているのだ。きっと、なっちんたちや尽たちも待ってくれてるはずだ。
「先生も、一緒に行きませんか?」
「そうだな……」
あまり人前に出たがらない先生だけど、今日くらいはいいだろうと思う。先生の背中を押しつつ、外へと出ていくと──。
「お〜っ! やっと来たな、ご両人!」
……ん? ズラーッと出迎える人、人、人。妙に注目されてる気がし、2人で顔を見合わせて不思議がる。
「あ……お母さん! 華枝さんも!」
隣でニヤニヤしてる尽を横目に、とりあえず駆け寄ってみることに。でも、何か私を素通りして後ろの先生を見てるような気が……?
クルリと振り向くと、先生の顔は凍りついていた。一体、どうしたというのだろうか。
「何故、ここに?」
「瑠宇ちゃんに招待されたのよ〜。文句ある? バカ息子め!」
「私は、馬鹿息子などではない!」
えっ。華枝さん……? えぇっ!? 先生ぃー!?
「あなたが嫌がるから、今まで瑠宇ちゃんには何も言わなかったけど。それも今日で終わりよ。もう〜さっさと吐いちゃいなさいよ。ずーっと瑠宇ちゃんのこと見守ってたんだ、ってね!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。……えーと。先生が、華枝さんの息子さんなんですか?」
「榊……」
困ったような先生の顔を見上げた。華枝さんと先生が親子で、しかも私を、ずっと見守ってた……?
「私のこと、初めから知ってたんですか?」
頭が、真っ白だ。今、私はどんな顔になってるんだろう。どんな反応をするのが正解なんだろうか?
「ふふっ。あなたのその顔が見たかったのよね〜零一。母のことを避け続けてきたことへの報復よ、これは!」
華枝さんの勝ち誇った顔と、まだ立ち直れてない先生の顔。似てないこともないかもしれないけど、でも先生はお父さん似らしいから……あ、そうか。華枝さんって、氷室蒼一郎の奥さんなのか。(先生の父は有名な指揮者です)
ああ──ダメだ。思考回路が変な方向にいってしまう! 今考えるべきことは、何なんだろう!?
「榊、私は裏に戻る……」
「ま、待って!」
ハッとして先生を見上げ、思わず勢いでその腕にしがみついてしまった。
「さ、榊っ!?」
あっ、しまった。みんなに見られてるんだった! 慌てたところで、後の祭り。
「よっしゃ〜! チャ〜ンスやで、奈津実」
「オッケー! 尽くんも準備いい〜?」
「いいよー奈津実姉ちゃん!」
いつの間にか、なっちんたちに尽までもが加わって、何やら支度を始めてる。
「待て! 何をする気だ、藤井!?」
警戒しまくりの先生の声が響き渡った。
「では〜みなさん!」
「今ここに〜我らがヒムロッチこと氷室零一先生と〜」
「みんなのアイドルるーちゃんこと榊瑠宇ちゃんの交際宣言をして頂こうと思いますー!」
なっちんと姫条くんの声と共に、何処から出たのか“おめでとうヒムロッチ&るー”と書かれた垂れ幕が!
「ちょっ……なっちん!? これっ!」
「はいはい並んで〜! 2人とも」
周りの拍手に包まれて、更に歓声まで飛んだりして。一体、何がどうなってるの!? 先生なんて放心状態だし。
そこに、尽がニヤニヤしながら近づいてきた。
「これさ、華枝さんのアイデアなんだぜ? 2人とも、周りのこと気にしすぎてるから。そういう枷をみんなとっぱらってやりたいって。まあ、実行に移したのは奈津実姉ちゃんたちだけどな。俺が持ちかけたらノリノリでさ〜」
もう、ダメだ。今は何を聞いても、驚きのあまり言葉にならない。
「ほぉ……? ではこれは、元はと言えば、そこの脳天気主婦が考えた茶番だということなのだな?」
先生、目が笑ってないんですけど。
「脳天気でも何でも結構! 男でしょ? ハッキリしなさいよ。この場で今あなたが言うべき言葉は何だと思う?」
「……っ!」
華枝さんの勢いにタジタジになる先生。母強し、ってところだろうか?
「瑠宇。あなたもしっかりしなさいよ。この先のこと──零一くんに頼るだけでいいと思ってるの?」
黙っていたお母さんが口を開く。誰かが“榊比奈子だ! 本物!”と騒いでる声が遠くに聞こえた。
「お母さん……私、」
先生を見上げると、ようやく視線が合った。交際宣言、って言ったって、先生がこんなに困ってるじゃないの。
「決心、ついた〜? ヒムロッチ!」
ニヤニヤのなっちん&姫条くん。この様子だと、どうせ協力してるみんなも知ってたんだよね? ……そう、以前から。
「全く。この私を、ここまで振り回すとは」
先生の口から大きな溜め息が出る。
「その様子だと、ここにいるほとんどの者が私たちの関係を知っているのだろう? なら、今言うべきことは何もない。私が言葉を伝える相手は、彼女だけで、十分だ」
「先生……」
周りの歓声が大きくなっていく。正論なんだろうけど、かなり無理があるというか……。
「あや〜開き直っちゃったか。ど〜する、まどか?」
「ごちそうさまでした、ってことやろ?」
華枝さんが溜め息をついてるのが見えた。さすがにお手上げなんだろうか。
「あなたがここまでひねくれちゃってるとはね。ホント、そういうところもそっくり。あの人に」
「母さん……」
「ふふ。やっと母、と呼んでくれたわね?」
先生が珍しく、顔を赤くしている。恐らく、不可抗力だったんだろう。
「そっ、そんなことはどうでも──」
「よろしい! でしょ?」
これだけのやり取りで。何となく、先生と華枝さんの親子関係が見えた気がした。
数分後。ようやく周りも落ち着きを取り戻したようだ。
「知ってた、の?」
やっと周りに集まってきた部員たちに、問いかけてみる。先生とのこと、隠してたつもりだったんだけど。
「あれだけラブラブ光線出されちゃね〜気づくよ、普通!」
「そ、そうだったぁ?」
「それを隠そうとするヒムロッチが可愛くて〜」
「私が、何だと?」
「何でもないです〜っ!」
絶妙のタイミングで、先生が現れる。めちゃくちゃ不機嫌そうにしてるけど……まあ、当たり前か。
「よし。みんな揃っているようだな? では、片づけ終了次第解散とする。打ち上げなどと言って羽目を外しすぎないように! 各自、持ち場に戻りなさい」
それでも。あっという間に先生の顔に戻り、みんなを急かし始めてしまった。みんなは突っ込み足りないみたいで不満ありそうだったけど、逆らう勇気のある人もいないし。
ただ。私だけは、一つの決意を胸に……。先生をジッと見つめる。母が言ってた言葉。“零一くんに頼るだけでいいの?”ずっと、それが引っかかっていたのだ。
──そうだよね。今の私に出来ること。みんなに隠す必要もない今なら、思いきって出来ることがあるではないか。
「先生!」
大声で呼ぶ私に、先生だけでなく周りのみんなも一斉に振り返る。
「何だ? 榊」
交際宣言、まではいかないけれど。
「私、先生のことが、大好きです!」
よしっ、言えた! ありったけの笑顔で、みんなにVサインを送る。固まってしまった先生は、しっかり放置することにして。
「るー! あんた最っ高よ〜!」
「ありがと!」
振り返って、なっちんに笑顔を返す。
今度は、母と目が合った。母は特に何も発することなく優しく微笑んでいて、お互いに目配せするに留めた。
そして。放置していた先生に視線を戻してみる。
「全く……君には驚かされてばかりだ。到底敵う気がしないな」
怒ってるかと思えば、優しく見守るように微笑んでくれていて。私も安心して、いつもの全開の笑顔を先生に返したのだった──。
────For instance, how was it painful if it was love not blest?
(あなたを好きだというこの気持ちを)
(ただ、真っ直ぐに伝えたかっただけなんです)
2011,August.3rd ; rewrite @ Ruri.Asaoka.