*カーテンコール;rehearsal

 定期演奏会が明日に迫ってきた。今日は、リハーサルを終えた段階で解散となる。

「榊。今日の調子なら完璧だが、気を抜かないことだ。本番まではしっかり気を引き締めていくように」
「分かってます! もう、先生ったら心配症なんだから」

 クスクス笑う私を、先生は困ったような表情で見下ろす。

「は〜い〜! そこの熱々カップル!」

 おどけた様子で、近づいてくる大きな声。

「何だ〜なっちんじゃない! あれ、姫条くんも一緒だったんだ?」
「ふっふ〜もうリハ終わったっしょ? なら入ってもいーよね、ヒムロッチ?」

 どうやら、リハ中にホールに入ろうとして先生に追い返されたのを、根に持っているようだ。

「……勝手にしなさい。それから、その呼び方はやめなさいと何度言えば分かるのだ!?」
「え〜? ヒムロッチはヒムロッチじゃん。いつの間にか浸透してるみたいだし!」

 うん。先生……それがイヤなんだよね。うちの部員まで、陰ではほとんどそう呼ぶようになっちゃったし。

「はあ……。君と話しているとこちらまで知能が低下してくる気がする。ああ、そうだ藤井。榊は明日、大事な本番だ。あまり連れ回したりしないようにな!」
「結局最後はるーの心配なんだよね〜。何だかんだ言って、愛されてるわ〜」

 なっちん、絶対先生で遊んでる気がする。

「榊。私は学校に戻るから、後で寄りなさい。まだ打ち合わせが残っている」

 なっちんを無視する先生。もう相手するつもりもないようだ。

「……聞いているのか? 榊?」
「あっはい! 分かりましたっ!」
「よろしい。では先に行っているぞ」

 逃げるように、先生は足早に去っていってしまった。そういえば返事してから気づいたけど。この後の打ち合わせなんて、あったっけ?

「あ、そうだ。なっちんも姫条くんも何か用事だったの? リハーサルなんて見ても面白いもんでもないよ?」
「やあだ、るーったら! 親友を励ましに来たに決まってるでしょ!?」

 なっちんはビシッと人差し指を向けて宣言する。

「るーちゃん最後の定演やからな。こいつも一緒んなって緊張してんで? 口には出さんけどな〜」
「あんたは余計なこと言わなくてよしっ!」
「なんぼでも言うたるで? ホンマは涙もろいとか、めっちゃ心配症やとか……」
「まどかぁっ!」

 普段はなっちんにやりこめられてるイメージが強いけど。やっぱり、姫条くんのが上手かもしれない。

「あー、そうだ。言い忘れるとこだった! さっきさぁ〜外に葉月いたよ? あんた約束してたの?」
「……へ? 珪くんが?」
「あいつがこんなトコ来るなんて、るーちゃんに会いに来たんは間違いないやろ?」

 まあ、それは……そうだよね、やっぱり。

「んー。じゃあ、気になるから見に行ってみるね」
「ん。じゃあアタシたちは帰ろっか。るー! 明日、頑張れよ〜」
「客席から応援しとるで!」
「ありがと、2人とも! 精一杯頑張るねっ」

 ああ、友達っていいね。こうして励ましてもらえて。たくさんパワーもらえる気がする。
 なっちんと姫条くんと別れ。会場を出た私は長い階段を降りて、周りを見回した。

「……瑠宇?」

 そこには、珪くんが立たずんでいた。遠巻きに女の子たちが珪くんを見てたりしたけど、本人は相変わらず全く気にしてないようだ。ホント、自分が有名人って自覚なんて全然ないんだから。

「私を、待ってたの?」
「ああ。……迷惑、か?」
「えっ!? そ、そんなことないよ!」
「なら、いい」

 あぁ〜だからその笑顔は反則なのよ! 思わず胸がドキンと音を立ててしまったではないのっ。

「本番前日だし、励ましに来た。リハーサルは終わったんだよな?」
「あ、うん。……ありがとね。さっき、なっちんたちにも励まされたんだよ」
「あぁ……みたいだな。見つけた」

 会場の裏手は小さな公園になっていて。私たちは自然に公園に足を向けることになった。女の子たちの視線から逃げたかったのが、一番の理由なんだけれど。

「俺……瑠宇に言っておくこと、ある」

 足を止めると、背を向けたまま珪くんはそう言った。

「言っておくこと?」
「ああ。……俺、瑠宇が先生と幸せそうに笑ってるの見るのは、正直辛い。だけど、嬉しくもあるんだ」
「珪くん……?」
「だからと言って、俺の瑠宇への想いはごまかしきれない。これは、一度だけのお願いなんだ。訊いてくれるか?」
「お願い?」

 珪くんの正面へ回って顔を覗き込んだ。あ……淋しそうな、微笑み。胸が、チクリと痛みを訴えた。

「一度だけでいいんだ。俺と、二人きりでデートしてくれないか?」
「……!」

 デートって──。そういえば、2人きりってなると、今までなかったかもしれない。

「何もこんな時に、って思うか? これからお互い忙しいし、夏休み辺りでもいいんだ。考えておいてくれないか?」
「でも、私……」
「先生に、相談しても構わない。デート一回位許せないような子供じゃないだろ? 先生は、大人なんだし」
「珪くん……」

 どうしたらいい? 先生、私、デートするべきなの?

「夏休みまで返事待ってる……。じゃあ、明日頑張れ」

 ポンッと私の頭に軽く手を置く。その表情はやっぱり淋しげな色に満ちていて。
 この胸の痛みは、やっぱり罪悪感なんだろうか? 幼なじみのあの子に、珪くんに対する罪の意識が消える日はいつか来るんだろうか?
 今は、まだ分からないけど……その日が来るのを信じたいのだ。

。。。。。

 遅くなってしまった。私は慌てて音楽室へ走っていた。正直、何の打ち合わせか分かんないけれど、私が忘れてるだけかもしれないし。

「先生! 遅くなってごめんなさい!!」

 ドアを開けて飛び込んだ音楽室は……あれ? 真っ暗になっていた。仕方なく、電気を付けようと入口付近に手を伸ばしてみる。

「榊。廊下は走るなといつも言っているだろう? いくら急いでいたとしても、」

 ビク〜ッ! 背後からの声に、私は思い切り飛び上がる。

「先生〜!? ビックリしたじゃないですか! いるならいるって言って下さいっ」

 電気が付いて、やっと先生の姿を確認した。今のは、本当に心臓に悪すぎる。

「遅くなっちゃったんで、慌てて走っちゃったんですよ。あの……でも、打ち合わせの予定なんてしてましたか?」
「ん? そうだな。あの時、突然決めたのだ。まあ、予定はなかったな」
「え〜っ!? そうだったんですか?」
「2人きりになるには、ここが一番落ち着くからな」

 ……え? ドキッとして、先生を見上げる。淋しそうな表情、だ。どうしてだか、さっきの珪くんを思い出してしまう。

「明日で、吹奏楽部の榊瑠宇は最後だろう? 君が、ここで自然に笑っている姿を見ることも……」
「先生……」

 私にも淋しさが移ってしまったようだ。衝動的に、先生の背中に手を回して抱きついてしまう。いつもなら、恥ずかしくて出来そうにない行動。

「私も、淋しいです。でも、先生を想う気持ちは変わらないですから。むしろ……日を重ねる毎に、強くなってるんですから!」
「それは、私もだ」

 ギュッ、抱きしめ返してくれる腕が力強くて。

「教室で毎日会えるのに、どうしてなんでしょうね? ここでの思い出がそれだけ強いからなのかなぁ?」
「榊──」

 涙がジワッと滲んできて。先生は、黙ってその涙を唇で吸い取る。

「先生……?」

 そのまま自然に唇を重ね合わせる。
 チッチッチッ──時計の音だけが妙に響いている。長いキス……。こんなに長いキスは初めてかもしれない。
 一度離れ、再び唇が重なる。いつものキスとは何かが違う、ということに、私はようやく気がついていた。

「んっ……、ふっ?」

 軽く開いた唇からゆっくり何かが入り込み、私の舌を絡め取る。それが、先生の舌だと気づくのに。そんなに時間はかからなかった。
 抵抗などするはずもなく、自然に任せ身を委ねる。これがホントのキス、なのかな……? ぼんやりとそんなことを考えながら、背中に回した腕に力を込めた。



────It is necessary to take a rest early for tomorrow.



(高鳴る鼓動が邪魔をして、なかなか寝つけないかもしれないけれど)



2011,July.12th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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