*カーテンコール;practice

 もうすぐ夏が来る。そして、最後の定期演奏会も近づいてきている。
 定期演奏会──定演は、これまで築きあげてきたものを全て出し切る……私たちにとって大事なステージ。コンクールとはまた違う、独特の緊張感が伴う。
 思えば、この2年と少し。教室よりも音楽室にいることが多かった気がする。始業前、昼休み、そして放課後。先生に会いたかったから、というのも確かに間違いではないが、やっぱり私は吹奏楽部のみんなと音を作り上げていくことを大切に思っていたから。

「るー先輩、いなくなっちゃうの寂しいです〜」

 後輩の一人が涙目になっていて。気づけば、周りは1・2年生でいっぱいになっていた。

「ど、どーしたの? みんな……練習は?」
「先輩が受験だってのは知ってます! でも、私たち先輩ともっと……一緒にプレイしていたいんです!」
「せめてコンクールに。いえ、地区大会だけでもいいんです。一緒に行きましょうよ!」

 ああ、1年前の私も先輩たちに同じことを言ったっけ。

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね……」
「やっぱりダメですかぁ?」
「一応引退するのも伝統だし。……それにね、私がいなくてもみんななら全国大会でも頑張ってくれる。信じてるから」
「先輩がいなきゃ無理ですよ〜!」
「そんなこと言ってちゃダメだよ。先生がいつも言ってるでしょ? 大切なのはハーモニーなんだから。一人の力に頼ってるようじゃあ、ヒムロッチの雷が落ちるぞぉ〜!」

 どっ、と笑いが起こる。それなのに、何だろう。笑ってるんだけど込み上げてくるこの泣きたい気持ちは。ホントにもうすぐ終わってしまうんだ。

 後輩たちに声を掛けられたことで中断していたが。刷り上がった定演のプログラムに目を通し、先生にも報告するため音楽準備室に向かった。

「先生、いらっしゃいますか? プログラム出来たんで、確認してもらいたいんですが」
「ああ……もうそんな時期か。よろしい、貸しなさい」

 ページを捲る音が微かに聞こえてくる。……こんな先生の姿を見るのも、あと少し。

「早いものだな。君がこの部に入ってきてから、もう2年以上になるのか」
「そうです……。ホント、あっという間でした」
「音楽室も、淋しくなるな」

 少しだけ先生の表情が曇って見えた。

「受験勉強の合間に、息抜きに来ます。どうせ楽器は吹いてなきゃいけないし、ピアノも練習しなきゃならないですし。それに、え〜と……」
「ついでに私の顔を見に来るのだろう?」

 ああっ! 見抜いてる!

「もうっ! 今言おうと思ったのに……」
「ふっ……君の言いそうなことなら、想像がつく。それに、私も君が来てくれるのを待っている」

 今日の先生はストレートだ。思わず赤面してしまった私を横目に、涼しい顔をしている。

「よし、プログラムは完璧だ。訂正箇所はないようだな。……ところで全体練習はどうしたんだ? 集まりが良くないようだが」

 私にプログラムを返し、脱いでいた上着に袖を通す。今までの会話なんてなかったかのように、いつもの先生、に戻っている。

「えっと……各パートの最低人数は揃ってるんです。多分、3部のダンス練習で集まらないんだと思います」
「3部……? ああ、1年生の恒例の踊りか」

 私も1年の時に踊ったのを思い出す。何が楽しくて、楽器吹かずに踊らなきゃいけないのかと思ったものだけど。今となってはいい思い出なんだから不思議なものだ。

「そういえば、ソロの方はどうだ? 今年はフルートメインの曲が多いだろう?」
「私一人で吹くわけじゃないですから……。後輩たちにも頑張ってもらってます!」
「そうだな……。君は、後継者育成にも力を入れていたのだったな」
「例え3年生が全員抜けたとしても、今年も全国金賞間違いなしですよっ」
「まあ、そうだろうな。大丈夫だろうが……やはり、淋しくなるな」

 不意に先生に腕を引き寄せられ、そのまま抱きしめられてしまった。

「せ、先生っ。嬉しいけど、音楽室にみんないるのにっ!」
「……分かっている。だが、入る時はノックするだろう?」

 ああ、もう……ハラハラさせるんだからっ!

「そういえば先生。最近1年のコたちがファンクラブ作るとか言ってましたよ?」
「……誰のだ? 君のか?」
「何で私なんですかっ。先生のですよ!」

 何故こんなとこでボケ&突っ込みをしてるんだろう?

「馬鹿らしい。……全く意味のないことを」
「だって最近の先生、優しくなったって噂になってますもん。今までだって、ただでさえカッコよくて人気あったのに」

 先生は呆れ顔。

「他の者などどうでもよろしい! 噂など、私には全く関係ないことだ」

。。。。。

 その日の練習終了間際、定演のチケットが届いた。各部員10枚は売らなきゃならないことになっていて……。私もなっちんを始め、両親などへチケットを配ることにしていた。
 そこで、帰宅した私はさっそく家族に売りつけようとリビングへ向かった。

「たっだ今〜! ……あれ? お客サマ?」

 勢いよく扉を開けてしまい、慌てることとなる。

「あら。るーちゃんお帰りなさい!」
「へっ? あ〜華枝さんだぁ。……お久しぶりです」
「ふふふ、久しぶり。見ないうちにキレイになっちゃって! 元々可愛かったけど」
「そ、そんなっ」
「恋でもしてるのかなぁ?」
「いえ、その、あの……」

 何言ってるんだか、絶賛、頭混乱中! それでもひとまず。息を落ち着けながらソファーに腰を下ろした。

「あ、ちょうどよかったです。私、定演のチケット持ってきたんで、よろしかったら母と一緒に……」
「定演? あぁ……ってことはぁ!」
「……はい?」
「華ちゃんたら、変なこと企んでるでしょ?」

 ニヤニヤしてる華枝さんに。お母さんまで、楽しそうに見てるし。定演が一体どうしたというんだか。
 あ、ちなみに。華枝さんは母の親友で、昔ピアニストをしていた人。家族の話は聞いたことないけど、子供もいるはずよね? 母の親友なら年齢的にいて当たり前、って感じ。まあ、見た目は2人とも年齢不詳なんだけど。(若すぎだ)

「比奈! 他の用事蹴ってでも行くわよ。い〜い!?」
「私はスケジュール空けてるから大丈夫よ。うふふ〜私も楽しだわ〜」

 だから2人して何だというのだ。私の知らない何かで異常に盛り上がっているのだけは理解出来るのだが。

「たっだ今〜! おっ、ねえちゃん早いじゃん……って華枝さんだっ!」
「やっほー尽ぃ!」

 今度は、学校から帰ってきた弟の尽が華枝さんと盛り上がっている。尽は華枝さんと気が合うみたいだから、久しぶりで殊の外嬉しそうだ。
 ──結局。華枝さんと母が何を話してたかは、分からぬままになってしまった。何か気になる。すごく知りたいことのような、私の勘がそう告げているのだ。
 仕方なく、私だけがそのまま自分の部屋に戻ることに。そうして寛いでいると、いつものようにノックもせずに尽が入ってきた。

「ねえちゃん! 華枝さん帰っちゃったぜ?」
「え、もうっ? 私ったら見送りもしないで……」
「いいっていいって。それより楽しみだな〜定演!」
「……? 何であんたが?」

 尽はニヤニヤと頭の後ろで手を組んで笑っている。私と違って音楽は趣味程度の尽が、父のコンサートならまだしも、何で私の定演ごときを楽しみにするというんだ。

「俺もぜってー行く! これは見る価値ありだもんな〜」
「だから、一体何だってのよ! あんたといい、お母さんたちといい」
「ひ・み・つ〜♪」

 憎らしいことに、節をつけ踊るように回転する。

「何よ尽のバカ! あんたのチケットだけ3倍の値段にするよっ!」
「ゲッ……何だよそれ! 横暴〜! ってか弟から金取る気かよっ!?」
「うるさいっ! 反対意見は認めません!」

 黙っていれば、つけあがるんだから。これは姉からの教育的指導なのだ、うん。

。。。。。

 次の日の木曜日。元・バイト先のALUCARD へポスターを貼ってもらうため、久しぶりに客として訪ねた。

「店長〜お久しぶりですっ」
「瑠宇ちゃん!」

 久々の再会に店長も歓迎ムードで迎えてくれた。二つ返事でポスターを貼る事を承諾してもらい、カウンターでコーヒーを一杯……。

「──で? あれから零一くんとはどうなんだい?」

 ニコニコしながら、単刀直入に店長は訊いてきた。

「おかげさまで。順調です」
「ふぅ〜ん。よかったじゃないか」

 先生の誕生日の時はお世話になりました、と改めてお礼を言いつつ。コーヒーを飲み干して一息ついた。

「あれ……瑠宇?」

 振り向くと、珪くんがちょうど入ってきたところだった。ああ、私がバイト辞めても、まだ来てくれてるんだ。

「珪くん、今日もバイトだったんだ?」
「ああ。……瑠宇は、珍しいじゃないか。バイト以外で会ったの初めてだな」

 クリスマスの一件以来、何となく直接話してない気がしたんだけど。こうして変わりなく話せていることに、少しホッとする。

「笑ってるな、お前……」
「えっ?」

 何故か突然向けられた笑顔に驚きつつ。言葉の意味がよく理解出来ないで、訊き返してしまった。……何か含み、ある、よね?

「だったら、いいんだ」
「え、何が?」
「だから、いいって」

 何なんだ、この既視感は。誰も彼もが、自己完結してるみたいじゃないか。最近こんなんばっかで、フラストレーションが溜まってしまう。

「そうだ……定演、俺も行っていいか? チケット、売るんだろ?」
「えっ、いいの!? 珪くん、日曜も仕事あるんじゃないの? 最近忙しそうだし……」
「6月20日だろ? 今から空けとく」
「えぇっ!?」

 そこまでしてくれるって……自惚れる訳じゃないけど、やっぱり、私のこと──?

「俺、言っただろ? 瑠宇のフルート、好きだから。しばらく聴けなくなるし」
「あ……そうだね。うん、引退だし」
「プロは目指すんだろ? 演奏会開いたら行くから、絶対」
「気が早いよぉ〜それは!」

 話、逸らしただけかもしれない。でも、純粋に私の演奏を楽しみにしてもらえてるなら。それでも単純に嬉しいのだ。


 さあ。定演まで、あと10日。まだまだ練習に準備に──全力投球しなければ!



────Starting something always gets excited!

(もうすぐ、最後で、最高なステージの幕が開く)



2011,May.15th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -