*春ですね。

 中央公園の桜が満開になり、辺りはすっかり春めいた陽気に包まれている。先生に出逢ってからもう2年になるのか、としみじみ思う。あの頃はまさか自分が先生とつきあうことになるなんて思いもしなかったのに、今でも夢みたいで。
 でも。あのクリスマス以来、先生とは特に進展なし。普段と変わらない、と言った方がいいのだろうか。学校以外ではあまり、いや、ほとんど会っていない。しいて言えば、下校はほとんど毎日先生の車ってことぐらいか。
 周囲の変化はそれなりに、あったように思う。なっちんが姫条くんと正式につきあい出した、とか。また珪くんと同じクラスになった、とか。やっぱり担任は先生だった、とか。
 部活も相変わらず忙しくて、部長に仕立て上げられたものだから (去年の夏からだけど) 一番大変。その代わり先生と自然に一緒にいられるのは……まあ嬉しいのだが。

「ん〜春だなぁ!」

 久しぶりの日曜休みで、ショッピングに出た帰り。少し足を延ばして森林公園に来てみた。散りかけた桜並木が薄桃に染まっていて、どこか幻想的な雰囲気に包まれている。遊歩道沿いを道なりに歩き、奥にある芝生の方に進路を向けた。辺りは更に色濃い桜色に染まり、暫しの間ボーッと立ち尽くしてしまう。
 しばらくして。持っていた買い物袋の山を落としてしまっていることに気づき、ハッと我に返った。

「あれ……?」

 慌てて袋を持ち直すと、見覚えのある後ろ姿が視界に入る。ただ、いつもと違って見えるのは、きっとスーツ以外の彼を見たことがないからで。

「先、生?」
「……ん? 榊?」

 先生の私服〜!! 初めて見ちゃった! ジーンズにシャツ一枚という、めちゃくちゃラフなスタイル。……ど、どうしようっ。カッコよすぎて直視出来ない!
 一瞬の内にパニックに陥った脳内は、それでも目の前の先生の姿を捉えて分析を始めているようだった。

「君は、買い物帰りか?」
「あ……はいっ!」

 私の方は紙袋をいっぱい抱えていたから、バレバレのようだった。

「先生は、お散歩ですか?」
「ああ。家がこの近くで暇な時はよく来るのだが、知り合いに会ったのは初めてだな」
「よく来るんですか……」

 そういえば、私ときたら先生が何処に住んでいるかも知らなかったのだ。先生のこと、ほとんど知らないような気がする。……こんなんで、つきあってるって言えるんだろうか?

「休日にまで君に会えるとはな……。こういう偶然も、あるのだな」

 軽く微笑んで見せた先生に、胸がキュンと鳴る。

「──スーツ以外の先生、初めて見ました」
「ん? ああ、そうか。そういえばいつも君の前ではスーツ姿だったか」

 私ばっかり、先生に見抜かれてて、先生のこと知らなすぎるなんて。確かにオープンには出来ない関係だけれど、これじゃあ恋人なんて……彼女だなんてとても言えない。

「……榊? どうした? さっきから難しい顔をして」
「だって、私、先生のこと知らなすぎなんですもん」
「──はっ?」

 思ってもみなかった答えだったらしく、世にも珍しい間の抜けた顔になっている。

「全く……突然何を言い出すかと思えば」
「私たち、つきあってるんですよね? なのに、私、先生のこと全然知らないんですよ!?」
「つきあっ、て。そ、それはそうだが……」

 先生の顔が赤くなる。何気なく言った“つきあってる”の言葉に反応したみたいだ。

「君は一体、私の何を知りたいと言うのだ?」

 すぐにコホン、と咳払いをして私に向き直った。

「何を、って──」
「生年月日は1975年11月6日。A型。家族構成は、」
「えっ!? いえっ、そういうんじゃなくて!」
「……違うのか? それなら何を訊きたい?」
「私、みんなの知ってる外側の先生しか知らないんじゃないかと思って」

 何か、言ってて情けなくなってきた。自然と俯き加減になってしまう。

「そうか。ならば、こちらも言わせてもらう」
「えっ?」
「こんな30近い男が君のような将来ある若者に、果たして相応しいと言えるのか?」
「なっ……何ですか!? それっ!」
「私はいつもそんなことを考えている」

 相応しいとか何とかって、そんなこと──。確かに、考えない訳ではないが、それは私の方が子供すぎて大人な先生に似合わないのではないかと思うくらいで。

「私たちは言葉が足りなかったのかもしれないな。互いに、まだ身構えていたところがあったように思う」
「そう、みたい、ですね」
「ああ。そうだな……敢えて一つ言っておくなら、君の今日の服装は私の好みだ」
「へっ?」

 白のブラウスにプリーツのスカート。あ、先生ってピュア系が好み? (すいません遊んじゃいました・笑)

「君は、私がこういう格好をするのを、どう思っている?」
「か……カッコいいです!」

 突然の問い掛けには、思わず力説してしまう。

「そ、そうか。すまん……つまらないことを訊いてしまったようだな」

 顔を見合わせ、何だか照れまくる。こんなとこで、一体私たちは何をしているのだろう。顔の火照りが治まらない。

「──そうだな、話を変えようか。ちょうどいい、今度の休みはドライブにでも行こうか? どうせ来週辺りにでも誘おうかと思っていたところだ」
「えっ!? はいっ!」

 思わず大音量で答えてしまうと、苦笑しなからも優しく笑い返してくれる……やっぱり以前とは違う先生がいて。

「声はもう少し小さく、だ」
「す、すみませ〜ん……」

。。。。。

『なぁにぃ〜? じゃあ結局ラブラブデートしちゃったんじゃない!』

 夜のなっちんからの電話。追求を受けてうっかり今日先生に偶然会ったことを話してしまったため、冒頭のからかうような言葉が返ってきた。

『ジーンズのヒムロッチ! アタシも見たかったわ〜』

 まあ、気持ちは分かるけど。なっちんだと、私みたいに素直にカッコいいとか思わないんだろうか。ホントにカッコよかったんだけどなぁ。

『まあ、さ。るーとヒムロッチって、結局はお互いにどっか遠慮してんだよね』
「遠慮……?」
『そっ! どっちも教師だ、生徒だ〜って、周りの目だって気にしてんじゃん。それこそ、決定的な年の差だってある訳だしさー』
「う。それはあるかも」

 でしょー!? となっちんの甲高い声が突き刺さる。

『アタシだったらるーぐらいの美少女ほっとかないけどねっ。こう可愛がって、やることやって……』
「な、なっちん!? やることやるって、んな露骨なっ」
『つきあってんだもん。それが当然っしょー?』
「うう。そんなこと言ったって〜。あっ! ちょっと待って。じゃあ、なっちんてば、姫条くんと!?」
『……へっ!?』

 突然話を振られ、慌てるなっちん。完全に声が裏返っている。

『ま、そりゃぁね。相手がまどかだしー』

 おぉっ! いつの間にか名前呼び捨てになってる。そんなところでも進展が見える。

『とにかく! あんただって覚悟しとかなきゃ、だよ? あのヒムロッチだって男なんだし、いずれは、さ?』
「覚悟って……」

 何か大げさになってる気がするのだが。でも、それは今後避けて通れないことなのは事実なんだし。

『アタシとしてはるーにメロメロなヒムロッチ、是非とも見物したいんだよね〜。今度覗かせてよ!』


 ──この日を境に先生からのお誘いがやけに増えたように思うのは。気のせいじゃ、ない、よね?


────I want to get to know more a lot of you.

(大好きな貴方のことだから、もっと知りたいと思うのは、当然でしょう?)



2011,April.4th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.


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