*聖し、この夜 evening part

 肩の出る、少し大胆なドレスを着て。軽くだけれど慣れないメイクをする。緩く巻いた髪にピンアレンジを加えて。

 ──今日はクリスマスイヴ。我が校では理事長主催のパーティーが毎年開かれるため、基本正装が義務づけられている。学生らしく華美になりすぎない正装って一体どんなのだ、と悩みもしたけれど。私の場合、両親の仕事柄パーティー的なものは意外と慣れてたりするのでそんなに気負いはない。 だが。そんな気負いよりも問題が。そのパーティーでのフルート演奏を、理事長直々に依頼されたのだ。それも、氷室先生のピアノ伴奏で演奏することに。ちょっとしたミニ・コンサートですね、なんて理事長は笑顔で仰っていたけれど、こっちは緊張の嵐なのだ。昨年は一曲だけ吹いたのだが、それで理事長に気に入られたらしい。元々、理事長と両親が知り合いってのも、大きいかもしれないが。

「榊。そのドレス……というかその肩の開き具合、君には少し派手すぎるのではないか?」
「え……こういうの似合いませんか?」
「いや。そうではない、むしろとてもよく似合っている。しかし、その……露出を控えた方がよいのではないかと」

 ミニ・コンサート用に準備された控え室にて。さっきから、先生の眉間にはシワが刻まれたまま。かと思えば、今は顔全体が赤く染まっている。

「演奏の時以外はショールありますし、結構暖かいですよ?」
「いや、そうではなくて。寒いとかいう問題ではなく、他の男共の目に君の生肌が……」
「は?」

 今度はブツブツ呟く声がよく聞き取れない。折角ドレスアップしたんだし褒めてもらいたかったなぁ、なんて呑気にしていた私には、先生の苦悩や葛藤など知る由もなかった。

「きゃ〜っ! るー可愛いっ! っていうかキレイ〜!!」

 そうしているうちに、姫条くんにエスコートされたなっちんが控え室に乗り込んできたものだから、一気に賑やか&華やかに。

「ねぇねぇさっきさぁ〜、あんたとヒムロッチ並んで歩いてたの見てたんだけどさ〜」
「けど……?」
「めっちゃくちゃハマってんのよ。もうね〜雰囲気が大人の世界って感じ。周りの連中も思わず見とれちゃってんのよ!」

 なっちんの声に、力が入る。……え。大人? こんな色気ないのに何処が?

「あぁっ。信じてないっしょ? ほんっとに、相変わらずアンタってば自分を分かってないよねぇ〜」
「そ、そうかな? だとしても、ドレスのおかげだと思うんだけど」
「イヤイヤ、瑠宇ちゃん。確かにドレス効果もデカいんやけどな。それ差し引いても釣りが来るって!」

 姫条くんの力説に、アンタが言うな、とばかりになっちんの肘鉄がキレイに決まる。あ、すんごく痛そう。

「全く君たちは一体何をしているんだ。そろそろ時間だぞ」

 呆れたような声がして振り返れば、腕組みをしながら壁の時計を見上げる先生が。

 そのまま4人で控え室を出ることにし、会場に続く廊下の方へ歩き出した。ちょっと歩いていくと、女の子達の黄色い声が耳に入ってくる。

「きゃ〜っっ葉月くん!」
「かっこいい〜。ねぇねぇ、一人みたい。声かける〜?」
「タキシードもステキ! もう何なの、あの色気!?」

 ……相変わらずの人気ぶり。葉月珪という人は、本人の寡黙さや静かな環境を好むことに反して、何処に紛れていてもすぐに注目を集めてしまう。
 でも騒がれていることなど、彼にはどうでもいいことのようだ。私たちに(というか私に)目を向けると、スタスタ大股で歩いてくる。当然注目はこちらに移り、嫉妬混じりの痛い視線を浴びることに。

「瑠宇、これから演奏?」
「うんっ。理事長に挨拶してからになるけど」
「楽しみだ。俺、お前のフルート好きだから」
「ありがと。頑張るね!」
「……ドレス、似合ってる。いつもの瑠宇もいいけど、そういうのも、俺、好きだな」
「っ!」

 最近の珪くんは、何処か不安定だ。珍しくいっぱいしゃべったかと思えば、ボーッと上の空だったり。(これはいつもか)視線を感じて振り向くと切なげな瞳で見つめてたり、何か言いたそうにしてる気がする。
 それに、私も気になるのだ。珪くんを見ると感じる、懐かしいような、胸が苦しくなるような感覚が。……私の好きな人は間違いなく先生なのに。その気持ちには絶対の自信があるというのに。

「榊。私は理事長に挨拶をしてくるが、君はどうする?」

 ハッとして振り向くと、いつもと変わらない先生の色素の薄い瞳が私を見下ろしていた。もしかして、私の迷いに先生は気づいているのだろうか?

「……はい。私もご一緒させて下さい」
「そうか。理事長は二階におられるそうだ。階段が少し歩きづらいと思うが、ゆっくり着いてきなさい」

 珪くんから逃げるように、先生に背中を押されるように、その場を後にする。──だけど。振り向く瞬間に見えた珪くんの哀しそうな瞳が、強く脳裏に焼きついて離れなかった。

。。。。。

 クリスマスソングをジャズ風にアレンジしよう。そう言った父が面白がってやってくれた楽譜は、聴いている方も演奏する方も楽しくなってくる、遊び心満載の出来映えで。

「しかし、さすが榊さんだな。アレンジにも華がある。作曲もするのは知っていたが、フルート譜まで書けるとは──榊、どうした?」

 ボーッとしたままフルートをいじっていた私に気づいた先生が心配そうな顔で見ている。
 珪くんのことが頭から離れないなんて。こんな大事な時に、しかも先生と二人きりだというのに別のヒトのこと考えるだなんて。

「大丈夫か? 本番だぞ」

 ポンッと頭を軽く叩かれる。さっきのやりとりを見ていたから、先生は何か感づいているかもしれない。それでも何も触れてこないのは、やっぱり先生がオトナだからで。

「先生と一緒だから、平気ですよ。とっても心強いです」
「それなら、よろしい。では行こうか」

 先生の後ろに続いて会場に入ると、かなりの人数が集まっているのが分かった。去年はロビーに出てる人とかも多くて、こんなに注目を浴びたりもしなかったんだけど。……やっぱり先生と一緒ってのが大きいかも。元々、先生がピアノを弾くのを知ってた人すらほとんどいなかった訳だし。

「る〜! 頑張れ〜」
「るーちゃ〜ん! 俺がついてるで〜」

 聞き馴染んだ声がして、少し緊張感が和らぐ。2人に笑顔を返して、フルートを持つ手に力を込めた。
 ピアノの前にスタンバイした先生が、アイコンタクトを取ってくる。──思い切り、やりなさい。珍しく挑戦的な瞳が私を捉えて。その瞳に誘われるように、大きく息を吸い込んだ。


♪サンタが街にやってくる

 耳に覚えのある曲に、みんな反応する。興味なさげだった人たちも、会場の外から中に入ってきてるみたいだ。いつしか、自然に手拍子までが始まっていてリズムに合わせてメロディーを奏でていく。
 そして間を置かずに、次の曲へと移る。


♪ジングルベル
♪赤鼻のトナカイ

 口ずさんでる人もいるのを感じる。演奏してる時に観客と一体感をつかめるのが、すごく嬉しい。 それは先生も一緒らしくて、たまにアドリブが入ってきたりする。先生にしては珍しいことだ。負けずに私もアドリブを加えて、先生がそれに応えて。いつしか会話するようなアドリブの応酬になり。
 今度はゆったりしたナンバーにシフトする。


♪ホワイトクリスマス
♪もろびとこぞりて
♪もみの木

 一曲終わる毎に、大きな拍手が飛び交う。その拍手が止まぬうちに次の曲を奏で、また新しい空気に塗り替えていく。
 ──気持ちいい。やっぱり演奏することが好きなんだ、私。それに、先生とのセッションはやっぱり最高だ。息も合うし、先生の隣ってだけで安心出来るんだと思う。

 やがて。いつの間にか、曲はラストに。


♪きよしこの夜

 謳うように。星の瞬きを音に替えて……。聖なる夜に響く、澄み渡る音色。

。。。。。

 はふ、と大きく息を吐き出して。同じように息をつく今日のパートナーから送られる熱い視線に気づく。
 割れんばかりの歓声と拍手に驚けば、すぐに押し寄せて来る人、人、人の波。ひとまず楽器を守りつつ壁際からドアの方へ移動すると、既に先生とはぐれてしまったようだ。この後は送ってくれると言ってたから、先に控え室に戻ることにした。その方が確実に会えそうだし。
 でも、その控え室で待っていたのは先生ではなくて。

「珪、くん?」
「やっと、来たな。……待ってた、瑠宇を」

 ああ、まただ。この、締め付けられるような胸の痛みは何なのだろう?
 ──罪悪感? 突如、そんな考えが頭に浮かぶ。一体、何に対しての罪だというのか。でもその答えは、珪くん本人が知っているような気がする。

「ちょっと……話、したい。いいか?」

 遠慮がちに訊いてくる彼に否定の言葉など投げかけるはずもなく、小さく頷くことしか出来なかった。まさか、その光景を戸口にいた先生に聞かれていたとも知らずに──。


 控え室の中は、当然2人だけの空間だ。気まずい空気がそこはかとなく漂っている。

「昔話……」
「えっ?」
「聞いてて、くれるか?」

 私の返事を待たずして、一方的にその昔話は始まった。

「約束、したんだ。小さい頃、俺はこの街を離れることになって──」

 あれ? 何だろう。今、何かを思い出しかけたような。

「ある女の子と、約束をした」
「どんな……約束?」

 黙って瞳を閉じる珪くんから目を逸らすことが出来ない。

「いつか、迎えに行くって」

“王子は、必ず迎えに来るから”“約束…”

 あれは──あの夢? 私、何で涙が出てるの?

「泣かなくていい……」

 親指が、涙を拭っていく。

「お前が泣く必要、ない」

 ただの昔話なんだから、と続ける珪くんの顔は涙で歪んだままだ。

「その子は、今は他の男を見てる。でも、その子が今幸せであるならそれでいいと、思ったんだ」
「珪、くん……」

 夢の中の男の子が珪くんに重なって見える。──ねえ。あなたは、だあれ?

「ごめん、もういいんだ。忘れろよ、こんな話」
「待って。その子って……」
「いいから!」

 今にも泣き出しそうな、辛そうな表情を目にした瞬間、込み上げてくる衝動を抑えることが出来なくなり。まるで、我が子を慈しむマリア様のように──座り込む珪くんを、抱きしめてしまっていた。

「泣かないで。一人で抱え込まないで?」
「瑠、宇……?」

 このままじゃ、ダメなの。だって、あの男の子は、珪くんなんでしょう? ちゃんと思い出せないのがもどかしいけど、話を聞く限り、珪くんの言う女の子は私だとしか思えない。
 ──ああ、それなのに。すぐその後に浮かんで来るのは大好きな先生の笑顔で。ズキンと痛む胸はとても正直なのに。
 大事にしまわれていた宝物を失したくないような思いが、私を突き動かす。私を待ってくれていた王子様に……哀しい想いをさせたくなくて。

 そして、扉は開かれる。……他でもない、先生の手で。



────Without opening the door.
The prelude of the collapse starts.

(きっと、最初から避けて通れない問題だったの)
(それが今やってきただけなのだから)


2010,November.24th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.

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