*what do you want?
バイトを始めて一年半を超えた。そろそろ父へのフルート代金の返済も終わりそうで、バイトを辞めることも視野に入れなければならない。
貯金も少しずつ増やしていることだし、近づいてきた先生の誕生日にちょっとお金をかけたプレゼントを、とは思うんだけど高いモノをあげたら逆に怒られそうだ。ついつい、あーでもないこーでもないと悩んでしまう。
「ただいま〜。……おや、瑠宇じゃないか」
ひょっこりと父がリビングに顔を出した。
「お帰りなさーい。ツアー、今日で終わり?」
「ああ。明日からは暫くのんびり出来るよ。比奈子さんは……まだみたいだな」
比奈子さん、とは母のことです。
「午前様じゃないかな? レコーディング大変みたい。もう一週間かかってるよ〜」
「はぁ〜。あちらも忙しいようだね」
寂しそうな表情で父はソファに腰を下ろす。
「ところで瑠宇は何をしていたのかな?」
「え? ん〜と、お金について考えてましたっ!」
「はぁ〜? 若い娘の考えることは理解出来ないな」
だって、父親に彼氏の話なんて出来る? よりによってその彼氏は先生な訳だし。
「あっ、そうだ。ピアノのレッスン頼みたいの。しばらく暇でしょ?」
話を逸らしつつ、半ばダメ元でお願いしてみた。
「暇って……瑠宇ってば、僕の仕事何だと思ってる訳?」
「うっ。やっぱダメ?」
「いや、他ならぬ愛娘の為だからね。いいよ」
「ホント!? あ。まさか授業料払えなんて……」
「言わないって! だから瑠宇って僕のことどんな父親だと思ってるんだよっ」
はい。聞こえなーい、聞こえない。大体、フルートの代金を返金させてる親が言う台詞じゃないもん。(ちゃんと自分の為だって分かってるけどね)
。。。。。
「ええっ。瑠宇ちゃん辞めちゃうのかい?」
喫茶 ALUCARD──。
夕方のピークを過ぎて、お客さんもまばらになっている。仕事も一段落し、合間を見て店長に今後のことを打ち明けたのだが。想像以上にガッカリされてしまった。
「もったいないなぁ。よく働いてくれてるし……」
「でも週2回ですよ? しかも1日たったの5時間ですし」
実際、その他にも定演やコンクール前には休ませてもらってたし。あんまりいいバイトじゃなかったような。
「いやいや。そうは言っても瑠宇ちゃんのいる日狙ってウチの店に来る奴等もいるしなぁ」
「えぇっ!? それは勘違いというヤツでは?」
そんなの、今、初めて聞いたんですけど。
「隣のきらめき市からわざわざ来てる子もいるとか。……まあこれは噂でしかないけどね。でも火曜と木曜はお客さん多い、ってのは本当だよ? 瑠宇ちゃん休みだとあからさまに男共はガッカリしてるし」
ますます悩む……。だってバイト中、プライベートで声かけられたことだってないのに?
「それに、女の子もよく来るよね。瑠宇ちゃんがバイトの日って」
益々もって謎だ。一体どういうこと?
「葉月珪、だよ。彼は君目当てで来てるからねぇ」
「あ……」
思わず黙り込んでしまう。店長にはとっくに私たちの関係なんてお見通しだったのかな。そういえば、珪くんは今日も来るんだろうか。そろそろ仕事が終わる頃かも。
……でも。私、どうしたらいいんだろう? 珪くんに、思わせぶりな態度とってちゃダメなんだよね。でも、私が先生好きなのは珪くんにはバレバレなんだし。あ〜でも、この前誕生日プレゼントあげたのはまずかったかなぁ?
……って、誕生日! そうよ先生の誕生日っ。今度相談しようと思ってたんだ。私ったら忘れるところだったじゃない!
「店長! 突然で申し訳ないんですが、氷室先生の誕生日……悩んでるんですけど、何あげたらいいと思います?」
店長は先生とつきあい長いみたいだし。相談に乗ってもらうには最適だと思ったのだ。
「はあ。零一くんのねぇ〜。そうだなぁ。モノもらって喜ぶタイプじゃないのは分かってるよね? だから僕に相談してんだもんね」
そうなんです! 是非アドバイスを〜っ。
「うーんそうだなぁ。手料理はどうだい? 瑠宇ちゃんの腕なら、ウチの店のメニューも作れるよね?」
「はい。一応一通りは出来ますけど、店のメニューだとお弁当には向いてないですよ?」
「いやいや。お弁当じゃなくてさ、閉店後貸し切りってのは? 零一くんと二人きり」
て、店長? もしかして、知ってる!? そう……私と先生がつきあってることを、だ。
「大丈夫。誰にも言わないよ。僕は口堅いからね〜」
人差し指を口に添えて、ニッコリ。うわっ。やっぱりバレてるし!
「瑠宇ちゃんの引退記念ってことにしておこうか? 腕前が上がったかどうか、確認もしたいしねぇ」
「何か卒業試験みたいですね。でも、お言葉に甘えちゃおうかなっ」
11月6日まであともうちょっと。さて、何を作ろうかな? 先生が手料理食べてくれたのって合宿だけだしなぁ。緊張しちゃう。うわぁ、考えてみたら怒鳴られる確率の方が高いかもしれない。
「お前……何ニヤニヤしてるんだ?」
「えぇっ!?」
気がつくと、いつものカウンター席に珪くんの姿が!
「い、いらっしゃいませ! ごめん〜今、水出すねっ」
変なヤツ、と笑顔を見せた珪くんはやっぱりいつも通りにカッコよかった。
。。。。。
11月6日当日。いよいよ先生の誕生日だ。今日は文化祭の準備期間だから、ホントはバイトを休むはずだったんだけど。色々準備もあるってことで、 結局ALUCARDに来ていた。
ケーキは冷蔵庫。後はグラタンを直前に焼いて……。あ、先生に時間言ってたっけ?
大丈夫、だよね。いつものようにバイトをこなしながら閉店を待つ。先生、来てくれるよね? 驚く顔が見たくて、わざと呼んだ理由は言ってないんだけど。
「よし、そろそろ閉めようか。瑠宇ちゃん、少し休んでおいでよ」
「えっ。でも……」
「外の空気でも吸ってくるといい」
店長の瞳は少し落ち着いて、と言ってるようだ。
「ではお言葉に甘えますね」
そして、ドアを開ける、とそこには。
「もう入っていいのか?」
「せ、先生っ!? 寒い中外で待ってたんですか? 早く中に入って下さい〜っ」
慌てて先生を押す。
「店長に待つように言われたのだが、どうかしたのか?」
いつの間にか誰もいなくなった店内。店長ったら、気を利かせてくれたようだ。待ってて下さいね、と告げると冷蔵庫からゆっくりケーキを取り出す。
「ふふふ。誕生日おめでとうございまーす!」
「なっ……そういうことか」
念願の先生の驚き顔を見て、私の方はご満悦だ。
「全く君は人を驚かすのが上手いな。朝から女生徒たちのプレゼントを断っていたのを見ても何も言わないと思っていたんだが」
「私から貰えなくて残念だったりしました?」
「……っ!? い、今こうして貰えたのだから、もうどうでもいいだろうっ」
うわぁ、先生がどもってる。これってレアすぎる。でも、そうか。図星ってことだよね? 何か嬉しいなぁ。料理を並べて、向かいに座って。取り敢えず頬杖をついて先生をジーッと見つめる。
「……うむ。さすがに料理の腕は確かだ。よく出来ている」
「ホントですかっ?」
ああ、と笑顔と共に呟く。そして料理を先に片付けると、残りのケーキも完食。さすがに量も量だから残すかと思ってたのに、全部食べてもらえるなんて嬉しい誤算だ。
「今日はこのために部活を休んだのだな? 文化祭準備期間に珍しく君がいないから不思議に思っていたのだが」
「うぅ。ごめんなさい〜全国も近いのに」
「いや、気にすることはない。一日程度、君ならすぐに挽回出来るだろう?」
先生に認めてもらってる。そんなことが、すごく嬉しい。
「これで先生が喜んでくれなかったら、全部ムダになっちゃうとこでした」
「喜ばない訳がない。……料理に、君の気持ちが込もっているんだろう?」
「先生──」
思わず、赤面してしまった。サラッとそういうこと言われると恥ずかしいんですけどっ。
「あ、あのっ。私は片付けてますので、ゆっくりしてて下さいね!」
食器を下げ、洗い物を始めたんだけど。何か……新婚さんっぽくないっ!? マズい、妙な妄想に耽ってしまう。
「榊、終わったら声を掛けなさい。お礼に送らせてもらう」
「えっ!? いいんですか?」
「私が、送りたいのだ。それとも嫌だとでも?」
「そんな、まさかっ! 嬉しいに決まってますっ」
「それでいい。素直に送られることだ」
────A lot of love was packed in the present.
(貰った想いを何倍にもして君に返そう)
(愛しさが溢れ出して暴走してしまう前に)
2010,September,26th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.